#269 コミュニケーションにおける認識ちがいは「時間軸」が合っていないことが多い 24/11/15
こんにちは。
今日は、久しぶりにコミュニケーションを取り上げて考えます。
意見が異なったり、ある主張に対して大きく反対意見が訴えられるときに、比較的その相違、食い違いが「時間軸のズレ」に起因することが多いな、と感じることがあります。
いくつか記憶を辿ってみます。
数年前に、自分たちの事業のケイパビリティとしての専門性、強みが何かを考えるタイミングがありました。中期経営計画を考えるタイミングでした。最終的に意見を収束させるフェーズにおいて、ボードメンバー間の数名が大きな反対、抵抗を示した場面がありました。
それは、事業のケイパビリティを、現在の事実100%ではなく、やや未来可能性も含めて概念化して、定義しようとしたことが、その抵抗を生んでいたと、今になって振り返ることができます。未来可能性と示した通り、認識していた「時間軸」が合っていないことが一番の要因だと考えます。当時最後に反対していた数名のボードメンバーは、「従業員が実感を持てない概念ではないか」と言っていたことを思い出します。
もう1つの例です。
上記と似ているのですが、企業活動や事業を通じて、何らかの社会課題の解決に貢献することが、最上位目的、いわばミッションと置きます。その解決しようとする社会課題のテーマ・マテリアリティを設定するときの話です。ミッションの位相にあたる概念ですから、抽象度が高いことは想像のとおりです。そして、社会課題であるから、自社だけで解決できることではありません。ともすれば、多くの従業員は、そのキャリアを通じて、かなり晩年になって初めて、その手ごたえ・手触り感を持てる、正確に言えば、意味づけができる、北極星のような存在です。
ですから、これも時間軸がとても長いわけです。その当時の経営陣から、次の経営陣にバトンが引き継がれるかもしれません。30年~50年の時間軸で取り組むような企業活動になるかもしれません。そのため、その当時に違和感を覚えていた複数の経営陣は、「従業員に伝わらないのではないか」と反対の論陣を張っていました。1つめの例と同様に、「時間軸」が合わさっていない訳です。
そのときに、わたしはたしか「私たちがどんなストーリーを語れるか」ではないでしょうか。わたしなら、××」と話した記憶があります。
時間軸が長い時、実感値が持てないことはあります。最前線にいる従業員になればなるほど、「今」の時間を生きていますから、なおのことです。そのときにできることの1つは、未来をストーリーで語ること、だと考えます。
今どんな問題意識をもち、誰がどのように困っている現実があるのか。
それに対して自分たちの強みがどのようにかかわることができるのか。
そしてそれが、その状況・課題を解決に導くことができる。
やがて、困っていた人たちがビフォー・アフターでこんなふうによくなり、結果、社会もこう良くなる。
こんなことを自分たちでストーリーにすること、あるいはその過程で従業員と未来について話してみること、対話をしてみること、と考えます。
さて、みなさんは、コミュニケーションや意見の相違があるとき、どんな点に着目されますか。
それでは、また。