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仕事の始めたては、恋愛の始めたてと同じ失敗をする

中学生の頃。
恋人に対して少しでも嫌な気持ちを抱くと、秒で別れていた。
他の男子と話した・メールがやたら来る・スッピンが思ってたのと違う…理不尽極まりない理由で別れていた。
こんな嫌な気持ちになるのは相手が悪いからだと思い込んで、ぜんぶ切ってしまっていた。
沸点が低すぎて、友人からは恋愛ヤンキーだと言われていた。
友人からすると、いつキレるかもそれが何故かもまるでわからないからである。

高校生の頃。
付き合ってはすぐ別れ付き合ってはすぐ別れを繰り返していくと、さすがに気づくのである。どうやらこれは相手の問題ではないぞ、と。
嫌な気持ちを抱く相手が変わっているのに抱いている感情が変わっていないということは、紛れもなく自分の問題だったのだ。

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自分が抱えていた問題は、他者への過剰な期待値だった。
相手が”どんな人か”ではなく、自分が”こうあってほしいと思う人物像”を無意識に要求している。後者から少しでもズレると、勝手に失望していた。今となってはどれだけ身勝手で嫌な奴だったのかと思う。

完璧な人間がいないなんて、中学生の僕だってもちろん知っていたけれど、完璧な人間の定義の中には”自分が理想とする人間”が属していると知ったのは、少しだけ大人になってからだった。

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期待というのは、ほとんど甘えだと言い換えることができる。
なぜなら期待が「(自分が)相手にこうしてほしい」という感情だからである。
もちろん、甘え自体は決して悪いものではない。甘えられる関係性は、とっても素敵ですっごく尊いものなのだ。
でも、甘えていることは自覚しコントロールしないといけない。そうでなければ、ただの身勝手で嫌な奴に成り下がってしまう。
期待は、自分の感情を相手に押し付けている構造を持っているのである。

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最近、自分が仕事に対しても同じ感情を抱いてきたことに気づいた。
自分は社会人4年目で、すでに2社経験し、今は独立してフリーランスになっている。
これは上昇志向が強かったとか仕事ができたからとかではまったくなく、ただただ会社への期待値が高かった。勝手に会社に期待し、失望し、離れてしまった。
会社だって社会だって、誰かが作ってきたもので完璧なんてことはありえないし、自分が理想とする会社なんて自分が理想とする恋人くらい身勝手な話なのだ。

だとするなら、自分の理想に溺れるのではなく、しっかりと相手のことを見ないといけないし、関係を互いに作っていく努力をしなければいけない。

あの頃、恋愛を始めたてだった自分と、仕事を始めたてな今の自分は、一緒だったのだ。

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すなふ
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