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【エッセイ】連載(グランドテトン編):Eps 2 女優、”山ウサ子”になった日

実に素晴らしい。

まだ肌寒さを感じる初夏の朝、熱々のコーヒーをすすっていた。
朝日の当たらないキャンプサイトだが、木々の間から木漏れ日が見えている。
私は目を細めながら、その木漏れ日に目をやった。

自然の中にさえいれば絵になる。

そう、今の私は女優なのだ。

そう、私は山ウサ子よ


そんな昭和女優、”山ウサ子”の横で、狸はランチ用に作ったハムサンドと水筒を黙々とバックパックに詰め込んでいた。
女優を目の前にしてシャイになってしまったのか。
狸にもなかなか可愛い一面がある。

今日は狸がお目当てにしていたCascade Canyon Trail(カスケードキャニオントレイル)をハイキングする予定だ。

登山口近くの駐車場に車を停め、私たちは歩き出した。
カスケードキャニオンの途中に、Hidden Fall(ヒデュン滝)やInspiration Point(インスピレーションポイント)といった観光名所があり、船で湖を渡ってきた家族連れのハイカー達が船場に大勢いた。
私たちは$10をケチり、船を使わず湖を大回りしているため、既に4キロほど多めに歩いているということになる。
このケチった$10が後の私にどんな影響を及ぼすのか、その時点では知る由もない。

私たちも他のハイカー達と同様にヒデュン滝とインスピレーションポイントを楽しみ、カスケイドキャニオンを目指して更に奥に進んでいった。
時間が経つとともに日差しが強くなっていく。
標高が高いので、休憩と水分補給をこまめに取りつつ歩みを進めた。

癒しのひと時を楽しむ2人

開けた場所に出ると圧巻の渓谷が目に飛び込んできた。
よく見るとグレーシャーが溶けた場所からは滝が流れている。
これらの滝がエメラルドグリーンの川を作り、その川が透明度の高い湖を作り、その水を私たちはいただいているのだ。

この美しい渓谷の間を抜け、目的地を目指した。
エバーグリーンや松の木があるとはいえ日陰が少ない。
この強い日差しがジリジリと私の身体を焦がしていく。

折り返し地点となった場所がゴールとなった。
濁流の川を眺めながらハムサンドをほおばった。
外飯はなんでもうまい。

帰りのトレイルを下っていると、遠くの方に人だかりが見えた。
どうやらムースの親子が池で水浴びをしているらしい。
遠目だったが、初めて生のムースを見た私は感動していた。
バイソンに引き続きムースも私のお気に入りの動物となった。

しかし暑い。
半袖短パンなのに、こんなにも暑いものか。
そして足も痛い。
一体何キロ歩いているんだ。
私は徐々に無口になっていった。

容赦ない日差しが女優を襲う

やっと船着場までたどり着いた。
多くの観光客が船に乗り込もうと列を作っている。
だが私たちはここから更に4キロは歩かなくてはならない。
そう考えるとイライラしてきた。

狸の野郎が$10をケチったせいだ。


ハイキングなのにボートを使うなんて邪道だ。そんな大口を叩いていたのは私だったはずなのに、賛同した狸を責め始めた。
奴が一言でも「帰りは疲れてると思うからボートで帰った方がいいかもよ?」なんて気を利かせて提案していたら、それはそうかもな。と考え直していたかもしれないのに。
だいたい炎天下の中、女優に20キロも歩かせるだなんて信じられない。

そんな外道な私だが、狸を責めたところで歩かなければ駐車場には着かない。
よろめきながら何とか4キロ歩き続け、駐車場に着いた頃にはげっそりしていた。
ヒロインの女優どころか、これじゃあエキストラのゾンビ役じゃないか…

ゾンビに化した兎

”自然の中にさえいれば絵になる”

前言を撤回したゾンビ兎であった。


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