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元彼Y㉒もう戻れない

あの時自分がどんな表情をしていたかは
Yにしか分からない。
そのYが私の表情をどう解釈したかも分からない。
その後私達はその事について話をしなかったから。
ただ、私がYを傷付けたであろうことだけは、はっきりと覚えてる。

私はYとの関係を終わらせないといけないと感じていた。
私との距離を埋める為の未来を考えていた彼を止めないといけないと思った。
私とは違う意味での限界が、Yの中でも生まれてしまったから。

私はYを愛し始めていた。
好きという気持ちだけでは無くなっていく自分に焦っていた。
愛が生まれていることに怯えても
変わり続ける自分の心を止めることが出来なくて、自分だけ幸せになってしまう罪悪感に
押し潰されそうになっていた。

Yとの未来を想像してみたことがある。
Yの人生に自分がいる事がふさわしいかどうか自信は持てなかった。
先々、Yの立場を考えるともっと適切な相手が他にいるはずだと思った。
Yに私の過去を背負わせることは出来ない。
私がYの未来を奪うこともしたくはない。
それを解消するべく共に生きる勇気も
私には持てなかった。

私は何処で何をキッカケに彼を思い出し
激しく塞ぎ込むかも分からない。
あの頃の心身不安定な自分に
いつか戻ってしまうかもしれない。
そんな姿をYには見せたくなかった。
Yの側で彼への未練を抱えながら過ごすことは罪を重ねること。
全てを話してしまいたくなる衝動もあったけれど、それをしてしまえば彼への更なる裏切りにもなると思っていた。

Yを巻き込みたくなかった。
私の過去を抱えさせたくなかった。
愛してしまったからこそ
手離す以外方法が無かったの。
自分の気持ちがこれほどまで
手に負えなくなるなんて想定外だった。
誰かを愛することは
幸せなことなんかじゃない。
愛が生まれてしまったからこそ
乗り越えられないことばかり。
幸せは苦しみながら追い掛けるものじゃない。
今以上にYを愛してしまうこの先の自分を想像すれば、耐え難い苦痛が浮かんで消えない。
Yから貰った“結婚”という言葉は
私には酷だった。
終わらせるしか無かったの。
幸せが怖かったから。


その後、数ヶ月、
1人になると何も手につかなくなるほど
考え込んだ。
どうすれば終わらせられるか。
Yに傷を残さず
終わらせる方法なんてあるのか。
どれだけ考えても
綺麗な別れ方なんてある筈がない。
Yが私に愛想を尽かして
振られる事を除いては。


電話に出る頻度を減らした。
Yの名前が表示される着信画面を見ながら
早く切れて欲しいと願った。
出てしまいたくなる自分と戦った。

逢うペースも間隔を空けた。
遠ざけた後に逢うYの温もりを感じて
身を切られる想いが続いた。

早く、さよならしないと。
じゃないと彼も壊れてしまう。
私のせいで
Yの人生もめちゃくちゃになってしまう。
ずっとそう思い続けてた。
私のことを壊れてしまわない様に大切にしてくれていたのに
全部私がぶち壊してしまう。
私の未練にYを付き合わせておきながら、
断ち切る事が出来ないでいた。

Yの声を聞く度、Yと逢う度、焦りが募った。
側に感じれば感じるほど迷いが生まれる。
一度味わった温もりを手離す勇気は容易じゃない。
私の過去が無ければ良かったのに。
Yと同じ時代に生まれていたらちゃんと話せていたかもしれないのに。
出逢った時が違ったらこんなに苦しまなくて良かったかもしれないのに。
私がもっと強ければ逃げたりしないでいられたのに。
たらればが止まらない。


Yの寝顔を見ながら
色んなこと思い出した。
一緒に色んなドラマ観て泣いたね。
ツボが同じで笑い転げたこともいっぱいあったね。
歳の離れた弟を紹介したいと言ってたね。
脇腹にある大きな傷の事いつか聞こうと思ってたのに話せなかったな。
筆まめでよくメッセージをメモ用紙いっぱいに書いてくれてたよね。
トラブルがあると率先して解決しようとする人だったね。
何でも一緒にやることが好きだったよね。
そういえば1度もケンカすること無かったけど、それは良いことだったのかな。
真剣に話したこともたくさんあった。
私のこと誰よりも理解しようとしてくれたよね。
本当は私の過去を知りたかったはずだよね。
彼氏じゃなかったら
ずっと繋がっていられたのに。
愛さずにいられたら
苦しまなくて済んだのにな。
生きていながら別れることも
同じくらいの苦しみなんだね。

翌朝、
出勤の準備を終えたYを玄関まで見送った。
Yは優しい笑顔だったね。
私は多分うまく笑えて無かったと思うけど。
今までで1番長いハグをしたね。
抱きしめる腕を緩められなくて
離れることが出来ずにいたね。
Yが最後に残した言葉は
“後でね”じゃなくて“またね”だった。

部屋に戻ってベランダのカーテンを開けようとした手を止めた。
しばらく立ったままカーテンを握り締めていた。
いつもならすぐ聞こえる車のエンジンが掛かる音。
聞こえない。
多分、下で私を待ってる。
下からこのベランダを見てるはず。
“お願い、早く行って”

エンジンが掛かる音がする。
まだ動かない。
待ってるよね。
“早く、行って”
“私もう顔見せないから”

短くて長い時間が過ぎた。
車が走り出す音が聞こえる。
ベランダから寝室に向かった。
ブラインドの隙間から覗いて車を追う。
Yが離れて行く。
視界から消えるまでずっと見続けた。
“もう逢えない”
“もう二度と戻れない”
“私のせいだ”
そう思った。

ベッドの脇でYの枕に顔を埋めて
死ぬほど泣いた。





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