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元彼Y⑳私の過去

どうして淋しいと感じたのか。
なぜ苦しかったのか。
複雑な私の心を改めて整理する。

Yと出逢う約2年前。
私は夫となるはずの最愛の彼を亡くしていた。
長年、結婚という制度を避け続けていた私の意識を変えた異例の人だった。

結婚式は挙げたくない
ウエディングドレスにも興味は無い
子供も望まない
家族になっても仕事はやめない
という世の価値観とは外れた私の性分を理解した上でのプロポーズをされていた。
彼の人生や双方の親族の事を考えれば簡単に決断出来る筈もなく、迷って悩んで話し合いを重ねて、決心するまで約1年。
付き合ってから4年目の冬、待ち続けてくれた彼との結婚を私は受け入れた。

広告業界で仕事をしていた彼は不規則勤務で激しく多忙だったけれど、その合間を縫って色々準備を進めてくれて、そのほとんどを任せきりにしていたほど、センスが良くて使命感が強く頼もしい彼のことを心の底から愛していた。

新居に引っ越して、家具も一新して、ようやく部屋が落ち着いて、彼の仕事も一区切りつく頃だった。
入籍しようと決めていた日から遡ること22日前、34歳になったばかりの彼は突然この世を離れていった。

あまりのショックに私の心は壊れ、記憶が断片化し、声と感情を失って長い間憔悴した。
現実を受け入れられず、日常生活はまともに送れない日々が続いて、入退院を繰り返していた時期もあった。

肉体を失った彼の魂と一生共に生きていくしかないと諦めながらも、以前の自分に戻ることが出来ず、ただ呼吸をして茫然と過ごしていた。
どれだけ時間が経っても、何をしていても、どんな景色を見ても、彼の面影が浮かんでは消え、ただ泣き続けた。

同情されたりもした、励まされたりもした、寄り添ってくれようとした人もいたけれど、どれも綺麗事のようにしか捉えることが出来なくて、歪んでいく自分の心にも耐えられなくなっていった。
誰かに優しくされる度、努めて明るく振る舞おうとする自分自身にも疲れ切ってしまって、何もかもから解放されたいと思うようになった。
私達のことを知るその環境は、窮屈で仕方なかった。

離れよう。
いま在るもの全て捨てて。
私のことを誰も知らない、何も知らない、
しがらみの無い場所へ行こう。
そうして私は誰にも行き先を告げず
引っ越して来た。

心の霧が晴れて行く気がした。
見慣れない景色が雑念を消してくれた。
気分が穏やかになって昔の自分に戻っていくような感覚があった。
私のことを知らない環境は開放的だった。

Yと出逢ったのはそれから約3ヶ月後のこと。
Yと逢うようになって、知るようになって、
心に想うようになっていく過程は別の感情も生んでいった。
罪悪感。
彼の言う“悲しい顔”はこの事だったはず。
その表情の原因はそれしか無かったから。
本当は薄々気付いていたけれど、
認めたくなかったし、知られたくなかった。

Yの強い心やひたむきな想いは私を変えてくれたし、何より普通に笑える様になって、一時的であっても過去を忘れさせてくれた。
でも、だからこそ、
戸惑ったし、迷ったし、怖かった。
Yを好きだと認めることは
とても勇気がいる事だった。
一線を越えてしまうことへの恐怖心は
絶え間なく私を襲って来た。

でも、選んだ。
私は生きているから出逢いを避けられない
心が生きているから動いてしまう
目の前の温もりに奪われたくなる

Yなら全てを受け入れてくれる強さがあったし、偽りの無い純粋な想いなら許されるはずだと考えた。
淋しいからじゃない、彼の側にいると目が覚めるような感覚があった。
強くありたいと私も思うようになった。
この選択は間違ってないと自分に言い聞かせて私はYへの想いを選んだ。

けれど、想いが募れば募るほど
過去が私を追い掛けてくる
もしかすると
この人もいつか私の前からいなくなってしまうんじゃないか
もしかしたら私がそうさせるんじゃないか
失うかもしれない恐怖が襲ってくる
抱いたことの無いこの感情が恐ろしかった
もしも彼に何かあったら
私はきっとそのダメージに耐えられない
何もかもがまた消えてしまうかもしれない
気が遠くなるような喪失感を思い出す
彼とYが重なって見えて
違うと分かっているのに心が脳が繋げてしまう
過去と現実の区別が付かなくなる
不安定な心の状態に怯えながらも
一度フラッシュバックしてしまった記憶は
止められない
瞬く間にあの頃に戻ってしまう
強烈な力を持ったスピードで





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