クーイング
赤ん坊が親の背中越しにこちらを不思議そうに眺めては、どこか不安げに親の方へ向き直すのをぼんやりと眺めている。生まれたばかりの赤ん坊の肌は歳食った人間の肌よりも簡単に裂けてしまいそうで不安になる。芋虫のような指の集合体で服を掴んでは、息のような鳴き声のような音を発している。
謎の罪悪感から目を逸らすように窓を眺める。外には見慣れた風景が流れていく。何故かどの時間に通りがかっても犬が小便をしている壁には、やはり今日も犬が後ろ足を上げていた。いやだいやだ。前を向き直すと赤ん坊がまだ見ている。その瞳も大人のそれよりも新鮮な色をしている。かつては私も同じかたちをしていたのだろうか。
無害な子供に対してまで世知辛さを学ばせるつもりはなく、そうだ、たとえば目の前に置かれて二人きりにされたとして、そうなった時には赤ん坊に触れることすら出来ず地蔵のように固まる事になるだろう。──にも関わらず、この赤ん坊に対する残虐な想像が止まらない。『七つまでは神のうち』という言葉が頭によぎる。こちらの善性と悪性を見分けている、そんな瞳なのだろうか。取り繕うように笑顔を作る。笑顔。敵意がない事を示すための笑顔を見せると、怯えたように母親の方をさっと向いてしまった。心の中で謝りながら再び窓を眺める。降車まであと少しだ。
「アッ」
びくり、と身体が跳ね上がる。何事かと前を向くと、赤ん坊は、バスと並行にある横断歩道を渡る自転車を追いかけ指差していた。そりゃあ動くものに興味を持つことはあるよな。そう思いながら何気なくその自転車を目で追って、バスから見えなくなる寸前。自転車がつんのめるようにして宙に浮いた。なにか縁石にでも擦ったのだろうか。投げ出される姿が見えたがバスは当然構わず進んでいく。
降車場へ着く。ただの偶然だろう、と己に言い聞かせながら、親子とは別の方向に向かった。幸い、乗り換えの時間まではもう少し時間がある。回り道をしても間に合うだろう。そうしてサブナードに降りるエスカレーターに乗ろうとした。
「アッ」