怪奇!殺人ベタベタ床商店の巻!
以前、私の住む賃貸の隣に個人商店があった。
家族で経営しているのか、店員はいつも決まった人しかいない。兄弟と思われる30代くらいの男性ふたりと、老夫婦の計4人のみ。
そういうスタンスの店だったのか知らないけれど、全員の接客態度が異常に悪く、そんなに接客が嫌なら商売辞めちまえ!と思ったのも一度や二度じゃない。
まず、男性のうちのひとり(おそらく弟。陰気)は決して人の目を見ない。目が合うと石にでもされんのか?と思うほど、目が合ったことがない。また、彼は他の誰よりも早く店を閉めようとする男だった。
個人商店だからなのか、その店は営業時間がとてもルーズで、扉に24時まで営業と書いてあるのにもかかわらず大体23時前後に閉店する。しかし、彼が当番の時は22時頃に閉店の準備を始め、そのタイミングで自動ドアを手動に切り替える。運悪く私がそのタイミングで来店すると、決まって小さく舌打ちをされる。
もうひとりの兄ちゃん(おそらく兄。陽気)は、客が来ようとなんであろうと、常にタバコを吸いながら電話をしている。彼は他の者に比べて接客は悪くない(それでも一般的な店に比べると悪い)が、顔がネズミに似てる。
じいさんは深々とカウンターの椅子に座りながら寝ているか、売り物のエロ本を読んでいる。客がレジの前に立っていても気付かない。恐らく、たまに死んでいる。
生きている時も動きが恐ろしくスローで、時折アンニュイなため息混じりで作業をする。もう一度言うが、もうやめちまえ。
婆さんは常に笑顔の明るい人だった。私が越してきてすぐの頃は動きが機敏だったのに、しばらくしてから急激に痩せ、動きも緩慢になった。私は一時心配したりもした。しかし、実は店員の中でこの婆さんが一番クセモノだった。
ある日、なんだか急にソワソワとした気持ちになり、久々にエロ本でも買おうかと思ってその店に行った。入ってすぐのカウンターに婆さんが座り、電話をしている。この日の店番は婆さんだったようだ。
エロ本だけ買うのもなぁと思い、本とパンをレジカウンターに置いたところ、婆さんはそれでもまだ電話をしていた。話がサビの部分を迎えているのか、大変な盛り上がりを見せている。話に夢中になっており、全然会計をしてくれない。
この店は普段あまり人けがないのに、こんな時に限って私の後ろに他の客が並び始めた。しかも女性である。しかし、それでも婆さんは受話器を離さない。
保留するか切れよ!!
焦る私。婆さんは電話で喋りながら、ようやく面倒くさそうにレジを打ち、料金が表示される。
金額くらい言えよ!!
お釣りが要らないように、値段ぴったりお金を払い、レジ袋に入れてもらうのを待つ。
待つ。しかし、入れてくれない。
段々とイライラが募る私の表情をみて、ばばぁはめんどくさそうに汚い段ボール箱から、これまたくちゃくちゃで汚いビニール袋を出し、雑誌のうえにバン!と置いた。
入れろよ、くそばばぁ!!!
仕方がないのでその汚い袋にパンとエロ本を自分で入れ、帰宅する。心をおちつかせて、いざ!という気持ちでエロ本を袋から取り出したところ、恐ろしいほどの異臭が私の鼻をついた。
すっごい臭い。なんかゴミみたいな匂いがする……!
少し、脱線するが、この店に置いてある商品はどれも価格が安い。店内で作ってるお惣菜類なども非常に安く、こぶしくらいある手作りの唐揚げが、2個100円で売っていたりする。カップ麺などもコンビニに比べて安価で売っており、非常に安いのだが、いつも客は殆どいない。なぜなら、
「店が汚い。そして臭い。さらに、買った物もたまに臭い」
からである。3K達成である。
あまりのエロ本の悪臭に腹は立ったが、マラは勃たなかった。あまりに臭いのでパンも本もそのまま別の袋に包んで捨てた。部屋に置いても臭いので、ゴミの日までベランダで放置したほどである。
なぜ、そんな嫌な経験をしてまでもその店を利用するのか。やはり、値段の安さは魅力的だし、家の隣にあるという利便性はデカイ。商品も、毎回臭いわけではない。それに加えて、その店を贔屓にするもうひとつの大きな理由がある。
その店はジャンプが土曜日に売っていたのである。
何を隠そう、私は10歳に満たない頃から欠かさず週刊少年ジャンプを購読している。小さい頃から唯一続いている習慣なんて、ジャンプしかない。これだけは、彼女にフラれようと、金が無かろうと、入院しようと、20年以上毎週欠かさず読んできた。
通常、月曜発売のジャンプが土曜に読める。毎週買えば結局一週間待つことになるので、他の人に比べて二日早く買ってるだけなのだが、早く売っているならできるだけ早く読みたい。店が汚かろうと臭かろうと、そこでジャンプを買うことはもはや日課になっていたのだ。
ある初夏の日。私は昼に起きて寝巻のままビーチサンダルを履き、店へ向かった。早ければ、昼の12時ごろ店にジャンプが届く。その日の店番は爺さんだった。相変わらず、dead fishのeyeをしてる。
いつもジャンプが置かれているスペースを見ると、そこには何もない。どうやらまだ届いていないようだが、もうすぐ着くだろう。そう考え、ついでに飯でも買おうかと私は店内を物色した。
……なんだか床がベタベタしてる。床がベタベタしていること自体、これまでもよくあったが、いつもに増してベタベタしている。
歩こうとしても、左足があがらない。ビーチサンダルが脱げる。しかし、そこは新潟が育んだミスター器用こと私である。かかとから足をあげるのではなく、爪先から足をあげることで、このベタベタ床を克服した
……つもりだった。コツをつかんだ気になって、十歩ほど歩いたときだろうか。ふと、急に左足の抵抗が軽くなった。ビーチサンダルの鼻緒の留め具部分が、ベタベタ床のあまりのベタベタ具合に負け、壊れていたのだ。
恐ろしや、ベタベタ床。そのベタベタ加減は、虫も捕まって身動きがとれなくなっているほどである。 まさに人間ホイホイ。もしかして、あんなにも安い唐揚げの正体は、こうして捕らえた人間を……!?
っていうか掃除しとけよ!バカ!!
私は戦慄した。ここは店の出入口からちょうど対角線。一番遠いところである。もはや左のサンダルは死んだも同然。しかし、素足でこの店の床を踏みたくない。汚いし、下手したら足の裏の皮までもっていかれそうだ。
歩いては左のサンダルを手で床からベリベリ剥がし、また一歩歩いてはサンダルを剥がし、ということを繰り返し、やっとのことで店の出入口までたどり着いた。すると、出入り口にあるカウンターから、笑い声が聞こえた。じいさんだ。
「き……切れてる!!サンダルの鼻緒が切れてる!!」
そういいながらじじぃはケタケタと笑っていた。私は怒りにこぶしを固めたが、グッと堪えて、
「はは……切れちゃいました……」
と、力なくつぶやくと、じじぃは一拍真顔になったあと、再び壊れた人形のようにケタケタ笑いだした。
笑ってんじゃねぇ!テメェんとこの床が汚ねぇせいで壊れたんだよ!
敬老精神溢れる私は、そんなこと言えない。じじぃに怒りをぶつけることなく、恥辱に耐えながら左のサンダルを脱ぎ、すぐ隣にある家まで走った。
その瞬間、右足に違和感が走り、私は倒れた。漫画みたいに倒れた。素早く周囲を見回し、誰も見ていないことを確認して素早く起き上がると、右のビーチサンダルの鼻緒も取れていた。恐ろしや、ベタベタ床。
1時間ほど空けてから再度店に行くと、所定の場所にジャンプが置いてあった。今度はじじぃに変わってばばぁがレジにいた。例のくちゃくちゃな袋に入れてもらい、足早に家に向かう。なんだか左足が痛い。足を見ると、さっき倒れた時に膝を擦り剥いていたようだ。
膝を擦り剥くなんて、久しぶりのことである。なんだか懐かしい気持ちで、ジャンプの表紙を開いて思った。
このジャンプすげぇ臭い!ゴミみたいな匂いがする!!
こんな思いまでして買ったジャンプが、涙でびしょ濡れになった。
今考えると、多分臭いの素は「袋」だったのではないかと思う。袋にも当たり外れがあった為、当時は中々気付けなかったのだが、考えてみれば商品の中にランダムに臭いものが配置されている店なんてあるわけがない。届いてすぐのジャンプなら、尚更である。
あの汚い袋はどこから仕入れていたのだろうか。今となっては知る由もない。
それからしばらくして、再びその店に行こうとしたところ、建物が半壊しており、ドアのところに大きく「ご迷惑をおかけしました」と、張り紙が出されていた。
不満を抱いた複数の客が暴動を起こしたのだろうか。絶対無いと言い切れない説得力が、あの店にはあった。折角なら、私にも声をかけてほしかった。
その後すぐに建物は取り壊され、更地になった。ベッタベタで、臭い店とはいえ、通い続けた店がなくなってしまったこと、また、あの一家の行方を思い、少しだけ物寂しい気持ちになった。
1、2年ほどして、その土地に3階建ての大きな物件が建った。2、3階は住居になっており、1階は酒屋になっている。店内スペースが狭く、客が入っているところは見たことがない。というか、ほとんどの時間電気がついていない。
どういう店なんだろうと、興味本位で店の中を覗いてみたところ、薄暗い店内で例のじじいが大口を開けながら白目を剥いて座っていた。
「じじい!生きとったんか、ワレ!」
と思い、少し嬉しい気持ちになったけれど、次の日も全く同じ姿勢だったため、やはり死んでいたのだと思う。
毎週月曜日になってジャンプを読むとたまに思い出す、ちょっぴりおセンチで悪臭のする思い出である。
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