ヒットチャートから見る邦楽(2020)

1. はじめに

 昨今、海外の音楽シーンにおいて、曲の長さや前奏の長さが短くなっているという記事や研究が多く見られる。その理由として、サブスクリプションサービスの隆興により「スキップレートをいかに下げるか」「1再生カウントをいかに稼ぐか」といった要素が重要視されるようになったことが挙げられている(THE MAGAZINE 2019)。「1再生」が価値を持つサービスのもとでは「1再生」に値する秒数を超えれば短くても長くても得られる金額は同じであることも事実だ(THE VERGE 2019:第5段落)。2015年以降、その勢力を広げ、現在では音楽フォーマットの売り上げシェアの約半数を占める(IFPI 2019)サブスクリプションサービスが大きな影響を与えていることは、確かに間違いないだろう。
 一方、日本ではこのようなサービスの発展は諸外国に比べ非常に遅れているとされている。2015年頃に外資系サービスであるアップルミュージックなどの参入、エイベックスによるAWAなどの日系サービスの発足により徐々にその存在は大きくなりつつあるが、2019年にICT総研が行った調査によれば、定額制音楽配信サービスの利用者は調査対象者全体のうち約26%のみだという(ICT総研 2019)。このように海外とは大きく異なる現状の日本においても「音楽の短縮化傾向」は起きているのだろうか?

2.先行研究と研究目的

 結論から言えば、先行研究において日本での「音楽の短縮化傾向」はまだはっきりと起きているとは言えない現象とされている。

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2019年ヒットアルバム作品の平均タイム比較(THE MAGAZINE 2019)

 上のグラフは、2019年にリリースされた国内外それぞれ3つのアルバム作品の平均タイムを記録したものである(THE MAGAZINE 2019)。グラフを見ると分かるように、国外の作品は約3分前後の曲によって構成されているのに対し、国内の作品は基本的に約4分前後の曲によって構成されている(King Gnuのみ国外作品に似た傾向を持つが)。この傾向について、亀田誠治氏は2019年に開催されたBIT VALLEY 2019というイベントにおいて次のように発言している。

 スマホやPCを押した瞬間に、バシッと来るような楽曲の作り方に欧米はシフトしているということなんです。そして日本は、サブスクが浸透していなくて、いまだにCD文化。きちんとイントロがあって、平歌があって、サビがあるというような、そうした音楽を愛でていくという。日本ならではの、J-POPならではの良さはあるけれども、いい悪いは置いておいて、サブスクを中心に発信される音楽と、CDを中心に発信される音楽とでは曲の作り方が変わってきてしまったということです。(logmiBiz 2019:第2段落)

 以上のことから、日本の音楽市場と「音楽の短縮化傾向」にはまだ強い関係があるとは言えない。だがしかし、2020年7月には「最近のヒット曲は前奏が短い(citrus 2020)」という旨の記事やツイートがいくつか見られ、曲単位では起きていなかった短縮化傾向が前奏部分においては起き始めているのではないかと考えられるようになった。そこで、「日本では前奏のみ短縮化傾向にある」ということを仮説とし、サブスクリプションサービスが日本に持ち込まれる以前から現在までのヒットチャートを分析・比較することによって、本当に曲ではなく前奏のみが短くなっているのか、なぜ前奏が短くなるのかといった先行研究のみでは見えなかった事実が読み取れるのではないかと筆者は考えた。そしてここから、サブスクリプションサービスやCDといった販売形態はどのように関わっているのか、他の要因が関連しているのかなどを分析し、「音楽の短縮化傾向」との関係について明らかにすることを本研究の目的とする。

3.研究方法

 本研究を進めるにあたって、BillboardJAPAN Hot100の2008年度~2019年度、2020年上半期、2020年8月17日付のデータを使用した。これはリアルストアでのパッケージ実売データだけではなく、ストリーミングサイトでの再生数やラジオでの放送回数なども含む(BillboardJAPAN 2019)非常に幅広いものである。このデータから、各年度における上位5曲を分析対象とし、①曲全体の長さ②前奏の長さ③1回目のサビ及びサビのメロディーを使ったフレーズが流れるまでの長さを計測、平均値を出した結果をその年の平均データとする。なお、前奏の長さについては歌いだしが始まるまでの長さとし、コーラス(「oh」や「wow」など)は前奏に含むこととする。また、こういった数値的なデータだけではなく、チャートの内容(どのような曲がランクインしているのか)にも注目していく。

4.分析

4-1.データ

 ここでは今回使用したデータの全体を記録する。

2008年 

1位 キセキ/GReeeeN  曲 04:32 イントロ 0:21 サビまで 1:05
2位 そばにいるね/青山テルマfeat.SoulJa 曲 05:02 イントロ 0:12 サビまで0:12
3位 I AM YOUR SINGER/サザンオールスターズ 曲 04:32 イントロ 0:22 サビまで 1:07
4位 HANABI/Mr.Children 曲 05:42 イントロ 0:20 サビまで 1:37
5位 LIFE/キマグレン 曲 04:17 イントロ 0:30 サビまで 1:30

2009年 

1位 イチブトゼンブ/B’z  曲 04:08 イントロ 0:26 サビまで 1:02
2位 Believe/嵐 曲 04:44 イントロ 0:20 サビまで1:05
3位 My Sunshine/ROCK’A’TRENCH 曲 04:28 イントロ 0:00 サビまで 0:00
4位 虹/コブクロ 曲 05:05 イントロ 0:20 サビまで 1:07
5位 マイガール/嵐 曲 04:45 イントロ 0:20 サビまで 1:12

2010年 

1位 Troublemaker/嵐  曲 04:01 イントロ 0:25 サビまで 0:55
2位 Monster/嵐 曲 04:27 イントロ 0:07 サビまで0:20
3位 ヘビーローテーション/AKB48 曲 04:42 イントロ 0:08 サビまで 0:08
4位 Love Rainbow/嵐 曲 04:40 イントロ 0:15 サビまで 0:59
5位 Dear Snow/嵐 曲 04:43 イントロ 0:13 サビまで 0:54

2011年 

1位 Everyday,カチューシャ/AKB48  曲 05:16 イントロ 0:32 サビまで 1:40
2位 フライングゲット/AKB48 曲 04:18イントロ 0:28 サビまで0:59
3位 Born This Way/Lady Gaga 曲 04:40 イントロ 0:27 サビまで 0:58
4位 桜の木になろう/AKB48 曲 05:33 イントロ 0:18 サビまで 1:30
5位 マル・マル・モリ・モリ!/薫と友樹、たまにムック。 曲 03:45 イントロ 0:02 サビまで 0:02

2012年 

1位 真夏のSounds good!/AKB48  曲 04:33 イントロ 0:16 サビまで 1:08
2位 GIVE ME FIVE!/AKB48 曲 05:00 イントロ 0:23 サビまで 1:07
3位 ギンガムチェック/AKB48 曲 05:26 イントロ 0:35 サビまで 1:08
4位 ワイルドアットハート/嵐 曲 04:07 イントロ 0:28 サビまで 0:28
5位 ハピネス/AI 曲 04:18 イントロ 0:21 サビまで 1:02

2013年 

1位 恋するフォーチュンクッキー/AKB48  曲 04:45 イントロ 0:24 サビまで 1:19
2位 さよならクロール/AKB48 曲 04:56 イントロ 0:14 サビまで0:14
3位 ピースとハイライト/サザンオールスターズ 曲 04:33 イントロ 0:28 サビまで 1:22
4位 Endless Game/嵐 曲 03:57 イントロ 0:18 サビまで 1:01
5位 Calling/嵐 曲 03:59 イントロ 0:19 サビまで 1:07

2014年 

1位 GUTS!/嵐  曲 04:54 イントロ 0:25 サビまで 1:12
2位 心のプラカード/AKB48 曲 04:06 イントロ 0:22 サビまで0:54
3位 ラブラドール・レトリバー/AKB48 曲 04:55 イントロ 0:16 サビまで 1:06
4位 誰も知らない/嵐 曲 04:02 イントロ 0:24 サビまで 1:04
5位 Bittersweet/嵐 曲 04:48 イントロ 0:27 サビまで 1:14

2015年 

1位 R.Y.U.S.E.I./3代目J Soul Brothers  曲 05:25 イントロ 0:30 サビまで 1:15
2位 Sakura/嵐 曲 04:39 イントロ 0:21 サビまで1:03
3位 愛を叫べ/嵐 曲 04:38 イントロ 0:34 サビまで 1:18
4位 青空の下、キミのとなり/嵐 曲 04:02 イントロ 0:26 サビまで 1:10
5位 Dragon Night/SEKAI NO OWARI 曲 03:51 イントロ 0:04 サビまで 0:38

2016年 

1位 翼はいらない/AKB48  曲 04:36 イントロ 0:21 サビまで 1:13
2位 前前前世/RAD WIMPS 曲 04:37 イントロ 0:19 サビまで1:07
3位 恋/星野源 曲 04:13 イントロ 0:12 サビまで 0:48
4位 君はメロディー/AKB48 曲 04:45 イントロ 0:25 サビまで 1:09
5位 世界に一つだけの花/SMAP 曲 04:37 イントロ 0:03 サビまで 0:03

2017年 

1位 恋/星野源 曲 04:13 イントロ 0:12 サビまで 0:48
2位 Shape of You/Ed Sheeran 曲 03:54 イントロ 0:09 サビまで0:50
3位 打上花火/DAOKO×米津玄師 曲 04:49 イントロ 0:20 サビまで 1:00
4位 不協和音/欅坂46 曲 04:10 イントロ 0:26 サビまで 1:06
5位 二人セゾン/欅坂46 曲 04:49 イントロ 0:00 サビまで 0:00

2018年 

1位 Lemon/米津玄師 曲 04:16 イントロ 0:00 サビまで 0:58
2位 U.S.A. /DA PUMP 曲 03:59 イントロ 0:24 サビまで1:05
3位 ガラスを割れ!/欅坂46 曲 03:42 イントロ 0:24 サビまで 1:02
4位 打上花火/DAOKO×米津玄師 曲 04:49 イントロ 0:20 サビまで 1:00
5位 ドラえもん/星野源 曲 04:00 イントロ 0:10 サビまで 0:52

2019年 

1位 Lemon/米津玄師 曲 04:16 イントロ 0:00 サビまで 0:58
2位 マリーゴールド/あいみょん 曲 05:08 イントロ 0:20 サビまで1:04
3位 Pretender/Official髭男dism 曲 05:27 イントロ 0:32 サビまで 1:33
4位 白日/King Gnu 曲 04:35 イントロ 0:00 サビまで 1:08
5位 馬と鹿/米津玄師 曲 04:25 イントロ 0:00 サビまで 0:44

8/17  

 1位 RUN/Sexy Zone 曲 03:51 イントロ 0:15 サビまで 0:53
2位 夜に駆ける/YOASOBI 曲 04:21 イントロ 0:00 サビまで0:00
3位 感電/米津玄師 曲 04:25 イントロ 0:20 サビまで 1:04
4位 HELLO/ Official髭男dism 曲 04:41 イントロ 0:07 サビまで 1:09
5位 香水/瑛人 曲 04:13 イントロ 0:15 サビまで 1:01


4-2.曲の長さ

 まずは曲の長さについてデータを確認していく。

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 グラフはほぼ横ばい状態であり、これは先行研究と同じく日本での曲全体の短縮化傾向はほぼないという結果になった。全ての年度において平均4分を越えており、年によっては5分を超えるタイムも出ていた。これについては、先行研究で挙げられたCD文化の根付きに加え、日本の印税分配の計算方法が関係しているのではないかと考えられる。JASRACによれば、この計算の際に5分までを1曲、5分以上で2曲分とするとされている(JASRAC 2020)。つまり、5分以上の曲を作れば、1曲で2曲分の印税を得ることが出来るのである。
 ここで注目したいのが、2010年から2014年の間に複数曲が同時にランクインしているAKB48の楽曲だ。中でも2011年度には「Everyday,カチューシャ(5:16)」「桜の木になろう(5:33)」、2012年度には「GIVE ME FIVE!(5:00)」「ギンガムチェック(5:26)」などの5分を超えるものがある。この当時はAKB48が独自の戦略でCDの売り上げを伸ばし始めた時期だ。作曲者が印税計算まで考えて作曲をしたかは言い切ることはできないが、曲以外の要因でこれほどCDが売れるアーティストの楽曲であれば、わざわざ曲の長さを短くして少しでも長く聴いてもらったりすることを狙う必要はないのではないだろうか。また、2015年頃までのヒットチャート上位を占めるのはほとんどAKB48か嵐であり、彼らのようなCDの売れるアーティストにとってはやはり曲の長さはそれほど関係しないことが再度予想できる(ファンは曲の良し悪しではなく「誰がCDを出しているか」で購入を決めるため)。だが、2016年以降その傾向は変わっており、ここには後述の前奏の長さやサビまでの長さの変化が関わってくるように思える。

4-3.前奏の長さ

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 続いて前奏の長さについての分析に入る。曲の長さのグラフよりもかなり大きな差があることが分かり、「前奏の長さのみが短縮化傾向にある」という仮説は一旦成立したことになるだろう。ピーク時の2014年が平均23秒であるのに対し、2019年には平均10秒となり、13秒もの差が生まれている。また、2020年上半期や2020年8月17日付けのデータも平均15秒を切っており、日本のトップチャートにランクインする曲の前奏が短くなっているという認識は正しいといえよう。
  冒頭にて「日本でのサブスクリプションサービスの隆興が遅れている」という旨を記述したが、実際に上のグラフでも日本でサブスクリプションサービスが浸透し始める前の2016年頃から平均タイムが18秒以下になっており、それ以外の要因があることを感じさせる。そしてこの傾向を分析する際に鍵となってくるのが動画投稿サイトである。
 今回のデータの中でひときわ大きな存在感を放つのが「現在の活動以前にインターネットでも活躍していたアーティスト」だ。ここでは2019年頃から多く上位に入っている米津玄師について触れていこう。2019年度には「Lemon(0:00)」「馬と鹿(0:00)」、2020年度上半期では「感電(0:20)」がランクインしており、いずれも前奏の秒数が短い。さらにこれはチャート上位に入った曲のみに見られる傾向ではなく、2020年に同氏がリリースしたアルバム作品「STRAY SHEEP」の平均前奏時間は12秒となっている。これには、彼が2009年頃より動画投稿サイト「ニコニコ動画」での楽曲公開を行っていることが要因の一つだと筆者は考える。ところで、インターネットがpull型メディアと呼ばれているのはご存じだろうか。これは、受け手が自らコンテンツや情報を選択することができるメディアという意味で、動画投稿サイトやサブスクリプションサービスはまさにこのpull型メディアの代表格だ。楽曲や動画を再生して、気に入らなければすぐに別の動画を再生することが出来る。だから冒頭部分で受け手の興味を掴むことが重要なのだ。そのため、このようなメディアで長らく活動を続けていた米津玄師は自然とそこで生き残る術を得た…つまり前奏を短く作る傾向に至ったのではないだろうか。実際に、彼がニコニコ動画に公開した楽曲の中でも再生数が多いものは「マトリョシカ(0:15)」「ドーナツホール(0:17)」など、比較的前奏が短い。勿論それだけが大きく再生数を伸ばした要因ではない上、彼の作る楽曲の中でも前奏が30秒近いものもある。しかし、「なるべく長く動画を見てもらう」「なるべく長く曲を聴いてもらう」ことを意識したときに、自然と前奏が短くなるのは当然なことだろう。そして、彼のこのスタイルがサブスクリプションサービスという新しいpull型メディアに再度マッチしたことによって、さらなるヒットを生み出したのではないかと筆者は考える。これはチャートにランクインしたYOASOBIの「夜に駆ける(0:00)」やReolの「第六感(0:00)」、ヨルシカの「ただ君に晴れ(0:00)」などの他のインターネット出身アーティストにも言える傾向だ(ただしずっと真夜中でいいのに。の「秒針を噛む(0:29)」など例外的な作品もある)。そして、この傾向はYouTubeが音楽再生アプリとしての需要を高めているのも要因になると考えられる。同社の調査によれば音楽を聴く際にYouTubeをプラットフォームとして使用しているユーザーが多く存在しているという(水川 2018:第2段落)。実際に2018年には日本でもYouTube musicのサービスが提供を始めている。こういったこともあってか、本データでも2016年を境にYouTubeにミュージックビデオを投稿しているアーティストのランクインが増えている(このことから前奏の短縮化がサブスクリプションサービスよりも動画投稿サイトの影響であることが分かる)。逆に言えば、インターネット上で作品の公開を行わなかったアーティスト―嵐などのジャニーズ所属グループ―はチャートから姿を消しており(これも最近になって変わり始めているが)、これは「チャートの変化」と前奏の短縮化傾向の関係を示すことになるだろう。ではなぜ彼らはチャート上位から姿を消したのだろうか?そこにはさらに、日本における音楽の「使われ方」が関係してくることを挙げたい。

4-3.サビまでの長さ

 最後にサビまでの長さについてのデータを確認する。前述のように、「早い段階でリスナーの興味を掴む」ということが重要視されているのであれば、前奏だけでなくその曲の中で一番の見せどころになるサビが始まるまでの時間も短くなっていると考えたため、このデータについても収集を行った。

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 しかし、予想に反してサビまでの長さは年によってかなりばらつきがあり、年々短くなっているとはいえない結果だった。この結果については、前項の最後に触れたように「音楽の使われ方」が関わってくると考えられる。
 日本での特徴的な音楽の使われ方といえば、まず映像作品とのタイアップが挙げられるだろう。本データでも、上位にランクインするほとんどの楽曲が何かしらのドラマや映画、アニメの主題歌であった。こういった主題歌として使用される場合、楽曲はテレビサイズに切り取られ放送される。つまり、曲の長さやサビまでの長さは短くても長くてもタイアップにおいては関係ないのである。だが、タイアップで人気が出た楽曲がインターネット上で検索された際、前奏は短い方が良い。なぜなら受け手が聴きたいのは「皆が知っているあのフレーズ」だからだ。長ったらしくあまり聴きなじみのない前奏が長くて良いことはあまりないだろう。このことから、日本のヒットチャートはある意味音楽自体の価値というよりは、タイアップ先の作品の人気度によって決まっているとも言える。一方海外ではタイアップはあまり行われておらず、音楽は音楽の領域だけで完結していることがほとんどである。
だが、楽曲が切り取って使われる場といえば、昨今話題のTikTokやインスタグラムのストーリーといったSNSもひとつの例に挙がるだろう。こういったサービスで利用された楽曲がその後のチャートに食い込んだという事例は海外でも少なくない(NADIA 2019)。今回のデータでも、2020年8月17日付けにランクインしている瑛人の「香水」やYOASOBIの「夜に駆ける」、オレンジスパイニクラブの「キンモクセイ」が同様の仕組みによってチャートに上がってきている。これらは、タイアップ同様、動画の投稿者が使いたい部分を自由に選択して使用することが出来る(それが許可されているかどうかは別だが)。すなわち、アーティスト側が意図せずとも受け手はその音楽の一番魅力的な部分を切り取り、多くの新しい受け手に再配信するのである。このような新しい広がり方は権利関係に厳しいアーティストの周りでは起きにくく、逆に無名に近いインディーズアーティストの寛容さやある種の疎さによって成り立っている。よって、ジャニーズやAKBグループのような大手アーティストの上位ランクインがめっきり見られなくなったのではないだろうか。勿論、無許可で音楽を使うことは著作権の問題などから容認されるべきことではない。しかし、このような新しい動きがあることを音楽業界は認識し、受け手たちが合法で楽曲を二次利用できるガイドラインを制定すれば効率的な宣伝になり、さらなる発展に繋げることができるだろう。


5.結論

 ここまでの分析をまとめると、第一に曲全体としての短縮化傾向は見られず、それは日本のポップ音楽の型として長く根付いたCD収録を想定した曲作りの仕方とJASRACによる印税分配の計算方法、海外に比べサブスクリプションサービスが普及しきっていない状況などが理由として考えられた。これに反して短縮化傾向が見られたのが前奏である。これについてはニコニコ動画やYouTubeといった動画投稿サイトでのミュージックビデオの公開が増えたことや、そこでの「どれだけ早い段階で受け手の興味を掴めるか」という意識がもたらした結果だと考察した。そして最後にサビまでの長さに大きく変化が見られなかったことから日本での音楽の使われ方について、映像作品とのタイアップとSNSでの二次利用の面から論じた。
 以上のことを総じて言えるのは、日本の音楽産業は非常に複雑化しているということだろう。日本は「伝統を重んじる」の国だ。海外では良い評価を得たものはそれが伝統的なものでも新しいものでも比較的抵抗なく広がっていくのに対し、中々新しい文化や仕組みをすぐに取り入れることが出来ていないように感じる。実際に音楽以外の側面でも、LGBTQや共働き、男性の育児休暇への理解度及び設備投資の遅れが目立つ。古くからの流れを重んじることも大切だが、それがグローバルスタンダードへ向かう足を引っ張っているのは明らかだろう。そんな中で、「今まで所有に慣れてきた音楽業界が、所有しないで音楽を楽しませるというアクセスモデルにすごく戸惑っている(Fanmedia 2019)」。CDを完全に捨て、ストリーミングに全力を注ぎ、楽曲の二次利用や無料公開を歓迎する…というこれまでとは真逆のやり方に、日本の音楽業界は踏み切れていないのだ。逆にいえば、今はようやく足を踏み出した状態のため、CDにより根付いた文化とストリーミングの概念により新しく生まれた文化が混ざり合い、海外のような単純な傾向ではなく、本研究で明らかになったような複雑な傾向になっているのではないだろうか。前奏の短縮化傾向はそれを表す最大の特徴だろう。
 このような変化が起きている時代において重要なのは「知ってもらうこと」だ。ヒット曲になるには「売れる前」に多くの人に知ってもらうことが重要なのである。そしてそれを手伝うのが聴取者の存在だ。彼らが二次利用を行いそれが話題を呼びストリーミングで再生されそれがさらなる利益を生む―この「フリーミアムモデル」のような構造に気づいた人たちが、今後の日本の音楽業界で生き残っていくのではないだろうか。そして、そのためには音楽そのものも、これからさらに形を変えていく。日本でも曲全体の短縮化が起きるのはそう遠くない未来の話かもしれない。

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