エレファントインザルーム(2)
灯台の駐車場は、家族連れやカップルでにぎわっていて、つれられた小型犬同士がキャンキャンと吠えあう声があちこちで聞こえる。
その間を抜けるように遠くで波が岩を打ち付ける音がしていて、私たちはその中を売店で買ったソフトクリームをなめながら歩いた。
少し前を5歳くらいの女の子が父親に手を引かれ歩いている。熱くなって湿気を帯びた細かい砂利が敷かれた地面との距離が近いからか丸い頬が赤らんで、半ば父親の太ももに寄りかかるようにして歩
いている。耳の上で愛らしいプラゴムで結ばれたツインテールが、振り子のように揺れて肩を打っている。
「久しぶりに普通のファミリーの群れを見た気がする。殺伐とした都会では見られない光景だな。なんか都会の子供と犬って毛並みがいい感じすごい嫌味よね。」
コーンをかじりながら目を細める灯がおかしくて、またそうやってと灯の脇腹をつまんだ。
「パパぁ、だっこ」
「ん?もう疲れちゃったの?」
抱き上げられた女の子は、父親の首に手を回して足を放り出し、ふうと一息ついた。ちょうど目線が同じ高さになって、ソフトクリームをなめている私と目が合った。父親の首元にしなだれかかる彼女
の表情に、猛烈な既視感を抱いた。
吊り橋を渡った先にある灯台のあたりは、やはり強く風が吹きあげていて、海の匂いと湿りが肌に伝わる。新緑の季節だけれど、そこにあるのはいつもさわやかさというよりも、自然の猛々しさにさら
されてたつ頑なさと、誰がために夜を照らすいじらしさで、そのすべてがわたしを魅了する。
「紗枝、そこに立って」
灯台の前を指さし、灯がスマートフォンを構える。真上を少し過ぎた陽が顔に当たって、まぶしさをこらえて彼に微笑みかける。
「あ、そういえば昨日の写真も送っとく。」
昨日の食事のあとに撮った写真が一緒に送られてきた。
「あなたが写真の中でにっこり笑ってるの、すごく珍しい。」
「そんなことないだろ。ニヒルな笑顔に定評がある。」
笑う私の横顔を少しうかがってから、君ってと、珍しく少し言いよどんだように灯が言った。
「率直に言うけど、君と君のお父さん、、何かあるのか?」
「なにかって?」
「いや、うん、少なくともあんな君は、はじめて見たけど。なにか問題があるの?」
「問題。」
「うん、」
さすがに気まずそうにして、灯がつながれていた右手をといた。
「妹と父のような関係が普通の親子だとするなら、私と父には問題があるのだと思うけど。」
思っていたよりも大きな声が出てしまって、自分でもはっきりとわかるくらいに、灯に対して線を引いたのを感じたあと、彼はそれ以上何も言わずに、ごみ捨ててくるといってその場を離れた。
振り返ると、灯台の周りに先ほどよりも人が集まっていて、ツインテールの少女の親子もその中に見つけた。灯台の扉には中に入ることができないように注意書きが張られているのが見えた。
きっと灯台の上では、吹き付ける潮の香りは私の髪に絡みついて、私は強すぎる風で息ができなくなってしまう。音や視覚のすべてが波にさらわれてしまって、不自由になった私の手の甲をすこし冷たい指がなでる。返すはずの波がかえらないあの海の向こうに、ずっと私が取り残されているのをあなただけが知っている。