化学療法 ドセタキセルとサイラ2024.4.12から治療開始 更新していきます。ジーラスタ。

 2021年1月に肺腺癌とわかりさらに骨転移。余命4ヶ月からの治療。最初にキイトルーダだったかな抗がん剤治療をして3月末に退院。体重は20kg落ちた。入院中リハビリして杖を使って歩けるまでにはなった。肺の奥にある原発巣と全身へ転移があるので手術はできない。
ただ、キイトルーダが効いた。放射線治療でも頭や腰椎に股関節への照射にて効いてくれた。
約3ヶ月の治療は地獄だった。
こうゆう時は、馬鹿でよかったです。
特に何も考えず、治療。
足掻いても自分では何もできない。
だから、やれる事を主治医に任せて治療してもらって良かった。
いきなり死ぬのはねー。
51歳になったばかりで、後2年で次男が大学卒業出来るのに。
今は54歳。次男は卒業して就職し彼女と同棲している。長男は結婚。長女は2人孫を見せてくれた。上の子は小1だ。疲れるのであまり遊んであげれないが調子いい時は孫2人とお風呂に入るのが楽しみだ。
可愛がっていた甥っ子も結婚して先日赤ちゃん連れて遊びに来てくれた。
癌にはなったおかげもあるのか、ちょいちょいホームパーティを妻がしてくれる。時間が合えば妹ファミリーも加えて今では17人になる。こんな事なら、リフォームした時に増築しておけば良かった。

 僕は遺伝子マーカーでROS1だったので分子標的薬が使えることがわかり、キイトルーダから薬での治療になりった。当初は味覚障害で食事が進まなかったが甘いものは食べやすく妻がシャトレーゼで洋菓子を買ってくれた。
点滴では体がどんどん落ちていく。無理やりでも食べた方がいいがなかなかできない。シャトレーゼのおかげもあって退院して、薬治療して又抗がん剤治療になったり又薬治療。
 そろそろ薬が効かなくなって腰椎や胸堆への転移が出てきた。一度放射線治療をしている近くなのでできない。
なので、抗がん剤治療をしていく。
同時に次の薬が効くかどうかを調べるために骨生検し遺伝子マーカーを調べてもらう。

痛目止めは、
朝5時30分にナルサス8mg
昼12時と夕方6時にリリカ25mg

1回目2024.4.12  朝36.7度
副作用は、特なし

2日目 4.13 退院
36.4度
123/66
72
朝36.6度 重だるい、ゆるく頭がゴアゴアする。
   10時ごろから鼓膜が圧迫される感じで聞こえにくい。
膝の痛みはマシになった。

3日目 4.14(日)
36.4  
129/82
68
だるさ同じ。耳鳴り強い。
足の痛み 1から5
調子は良く、動けた。

 C-CSF投与し(ジーラスタ)
2日目、
36.4度
血圧123/70 (79)
胸あたりの骨が軋む様な押される圧迫感のある痛みが夜に出てきた。
3日目、
37.5度
血圧120/73(91)
2日目と同様の痛みにゆるい吐き気。お昼は、お茶漬けを2杯たべた。食欲はあるが吐きそうな感じで夜は食べなかった。
4日目
37.3度
血圧113/73(81)
痛みは特になし。
しんどいが気力は出てきた。
耳の圧迫感での耳鳴りは相変わらず続いています。
左の股関節が力がさらに入りにくいなってきた。
(4月19日10時)

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