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第82回 『ユリシーズ』第6話『ハデス』その2


サンディマウントからグラスネヴィンへ

「遅れてるかな?」「いやそうでも」
 馬車は墓地を目指す。

”モリーのミリー(息子から、無事成長途中の娘を思う)。あのお転婆。あいつも間も無く女になる(彼氏のこと)。マリンガーにて(下宿先)

 少し前まで傾いていた馬車が元に戻った。
「コーニーのやつ(葬儀屋)、もっといいやつを用意しろよ。こんなんじゃ(天国の門まで)ディグナムに追いつけないぞ」

 カニンガム氏が腿に乗ったパン屑みたいなゴミを払った。
「俺もさっきから気になっていたんだが…」「まさかこれって?」
クンクン匂いを嗅ぐサイモン。椅子を調べる4人。なんかベトベトする(どうやら前回この馬車の客は車内でヤった痕跡を残したらしい)。

 ブルームは一人思う「やっぱりお風呂に入っててきてよかった」。

「トム・カーナンも来てる?」
「後ろの馬車に乗ってます。そういえば朝マッコイにあったんです。彼も来るかも」
 
 カニンガム、カーナン(第5話でブルームの独白に出てきたお茶屋)、マッコイ、パワーは短編『恩寵』の登場人物。

 馬車が止まる。
「あ止まった」「止まったね」「うん止まった」「ここどこ?」「運河だよ、グランド運河


”ガス工場。百日咳(工場の)ガスで治るそうだ(もちろんデマ!)。”

 その隣に犬の収容所がある。

”哀れなアトス(ブルームの亡くなった父の飼い犬。)! アトスをよろしく頼む。俺の最後の願いだ。臨終の走り書き。あいつも主人のすぐ後死んだ(父の遺書を思い出したのだろう)

「トム・カーナンの昨夜の演説聞き物だったぜ。それをパティ・レナード(『ダブリン市民』の登場人物)が当人の前で携帯模写したんだ。サイモンに教えてやれよマーティン」パワー氏が言った。
「ふむふむ、こほん。『クロッピー・ボーイ』を歌うベン・ドラードの技法だが、あの単純なバラッドも彼が歌うと切々と心に染みるんだ。僕が思うに空前絶後だね、って言うんだ(カーナンの真似をしたレナードの真似)」「あと「切々と心に染み入る」って、あいつの一つ覚えなんだ」
パワー氏が笑った(カーナンが歌手を大袈裟な言葉を使って評したことを笑い物にしている)。

 車内は4人。カニンガムとパワーは職場の同僚、それとサイモン・ディダラス(アラフォーで年金生活)。
彼らとブルームには少し壁がある。多分一人だけユダヤの血が流れていると言うのもあるだろう。

「演説といえば、今朝の朝刊にダン・ドーソン(元ダブリン市長)の演説が載ってたよ(7話への伏線)」
ポケットから新聞を取り出すブルーム。
彼女に本を借りてやらなきゃ(モリーのため図書館から次の本を借りて来なきゃと今思い出すブルーム)
 
 ブルームは横から新聞記事を死亡欄を見る。
”キャラン、コールマン、ディグナムに〜ピーク。ピークってまさかクロズビー・アリン弁護士事務所のあいつじゃあるまいね”  

 クロズビー・アリン弁護士事務所とは『ダブリン市民』収録『対応』の舞台(当時アリンという名の弁護士がここに事務所を持っていた)。そこに「”ちびのピーク”とやらが以前勤めていた」と言うセリフだけがある。
細かすぎる小ネタ。
 作者ジョイスは『ダブリン市民』を机の上に置いて、これを執筆したのだろう。それとダブリン市地図、後(いまでは考えられないが)ダブリン人名住所録というものも当時はあったらしい。

”封筒ちゃんと捨てたっけ? あそうそうちゃんと捨てた 手紙は?”
 
 ポケットにあった(文通相手からの手紙)。

 グレイト・ブランズウィック通りにあるクィーン座の前に差し掛かる。
今夜の演目『見捨てられたリア』主演ミセス・バンド・マン・パーマー。第5逸話でブルームが言及していた芝居のポスターを見る。

”今夜、観に行けるのかな?” と思うブルーム。

 この後自宅には帰らないらしい。一人で深夜まで外出予定。なぜならこの後妻の不貞が行われるのを知っているから。
つまり認めている。
ちなみに夫婦は10年セックスしていない。息子ルーディが、障害児で生まれたことを機に(その後数日で死去)。
「赤ん坊は神様からの贈り物」と捉えるカトリック教徒は、避妊セックスに寛容でない(ブルームは親がユダヤ人だが、自身はカトリックに改宗してしている。全く熱心ではないが)。

”来週は『ブリストル号の愉快な航海』やるんだ。カニンガムにチケット頼んだら譲ってくれるかな。まあでもどうせ1、2杯奢らさせられるんだ、じゃあ一緒か” 

続く。




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