『タイムリッチ』に生きること
抜けるように青い秋晴れの空を見て、『今日はイヤホンを外して歩こう』と思った。
目も耳も、体のすべてで秋を感じたいと思ったのだ。
普段は自らに課したノルマに追われるように英語のリスニング教材を聞き、電車待ちで時間が開いたら英文を読んだりSNSをチェックしたりと忙しなく過ぎていく時間。
その一瞬をイヤホンもスマホもなしで歩くだけで、こんなにも世界の色は違って見えるのか、と驚いた。
インプットでもなく、アウトプットでもなく、ニュートラルな思考の時間。
私たちはつい何かに追われて、自分のための時間を持つことを忘れてしまう。
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サンクトペテルブルクに行ったときの話をするたびに、『優雅な旅行だねえ』と驚かれる。
普通は一週間ロシアに行くなら、サンクトもモスクワも両方満喫するものなのだそうだ。
たしかにほぼ24時間かけて行くのだから、『せっかくなら』と思う人が多いのもうなずける。
でも私が今回モスクワにまで足を伸ばそうと微塵も考えなかったのは、モスクワに興味がなかったわけではなく、サンクトペテルブルクを満喫するのに一週間は丸々必要だろうと思ったからだった。
サンクトペテルブルクでは、旅行者とは思えないほどゆるやかな日々を過ごしていた。
朝起きて5〜8kmほど走り、朝ごはんを食べ、noteを書いたり仕事のやりとりをしたりして午前中を過ごす。
そして12時頃ようやくのそのそと支度をはじめ、歩きながら今日どこに行くかを考える。
一通り美術館や教会を満喫したら食堂やカフェでお昼ごはんとも夜ごはんともつかない食事をとり、夜遅くまで開いているショップをはしごしながら帰途につく。
そして半身浴をしながら、もしくはベッドに入ってから、合計でたっぷり2時間は読書に費やす。
おそらく密度でいうと普通の旅行者の半分ほどの時間しか観光を楽しんでいないのだけど、本人としては大満足の時間の使い方だった。
これは私がフリーランスで、かつほとんど場所に縛られずに働くことができ、今後も来ようと思えばいつだって来られるとぼんやり思っていたからこそできたことのように思う。
もし私が会社員で、これが1年に2回しかない長期休暇の一回だったとしたら、少しでも無駄にしないためにあちこち行って、あれこれ食べて、もっと余すことなく現地を楽しんだはずだ。
だからフリーランスは最高!と言いたいわけではないし、みっちり密度の濃い旅程を組むことを否定したいわけでもない。
ただ私の幸福度の優先順位において、『タイムリッチであること』は思ったより上位にくるのかもしれない、と気づいた旅でもあった。
もともと、私は休日に予定をいれるのが苦手である。
忙しそうと言われるけれど、基本的に土日のスケジュールはいつも空白だ。
だからといってずっと家でごろごろしていられる性分でもないので、午前中はなんやかんやと働いて午後から急に思いつきで映画を見に行ったり美術館に行ったり、急に友人を誘ってごはんを食べに行ったりする。
結局予定をいれるならはじめから約束しておけばいいのにと自分でも思うのだけど、『先の予定が決まっている』こと自体がストレスなので、自分から積極的に約束をしない。
結果的に、長く付き合っている友人たちは急に『明日から台湾いこ!』とか『今から◯◯とごはん行くけどくる?』とか適当に連絡してくるひとたちばかりになった。
ちなみに、だいたい暇なのでだいたい『行く』と返事する。
仕事の仕方もおなじようなノリで、あまり打ち合わせを入れないタイプなのでだいたい明日の予定は決まっていない。
締め切りのある仕事も少ないし、朝起きてざーっと連絡ツールを確認して、『今日は何しようかな』と考える。
明日もあさってもしあさっても、来月も来年も『決まっていない』ことが、私にとっての幸福なのだ。
といいつつ日々のルーティーンはわりとかっちり決まっていて、それが私のアンカーになっている。
ロシア旅行中もランニングと英語学習と読書のルーティーンは崩さなかったし、来月行くイギリスでもそれは変えないつもり。
ただその日に何をするかはその日の気分で決めたいし、歩きながらふらっと寄り道してはじめの目的地とは違うところにたどり着きたい。
そんなスタンスなので現状お金をたくさん稼いでいるわけではないのだけど、あと1000万売上を増やすより、時間の余白をたくさん持っておく方がどうやら私の幸福度を上げてくれそうだぞ、という気がしている。
人生は、詰め込もうと思えばいくらでも詰め込むことができて、忙しい、忙しいと言いながら日々は過ぎ去ってしまう。
それが人生の密度だという人もいるだろうけど、私はもっと無駄で意味のないことに時間を使うことで別の『濃さ』を見つけたい。
なんて言いながら日々の暮らしに流されて焦ったり慌てたり生活が適当になったりしてばかりなのだけど。
でも何かを『すべき』時間から解き放たれて、幸福を感じることだけに集中する時間が、今の私たちにこそ必要なんじゃないかと、秋晴れの空の下を歩くたびに思うのだ。
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