たとえ、期待の新人でなくたって。
この世には、神に愛された天才が一定数存在する。
そしてその差は、ことあるごとに順位という数字によって可視化されてしまう。
生まれてからずっと陽の当たる道を歩いてきた人には、どうやっても敵わない。
そんな真理にぶつかってはじめて、人は大人になれるのかもしれない。
***
学生時代、校内のテストでどうしても一番になれなかった。
常にトップ10には入っていたし、タイミングによっては3位までいくこともできた。教科単位で見ればトップをとったこともある。
でも、総合成績のトップだけはついに一度もとることができなかった。
大人になると、数字や成績に基づいたあからさまな順位の可視化の機会は極端に少なくなる。
もちろんノルマや販売成績といったかたちで何かしらの数字はついて回るけれど、テストのように1つの指標だけで全員の価値が測定されるようなことはほとんどない。
営業の人と経理の人の価値はひとつの指標では比較できないし、生産管理とマーケティングでは必要なスキルがまったく違う。
入社時に同期全員の就活時の順位が発表されたりすることもない。
大人になるほど、相対価値から絶対価値へと判断基準は移っていく。
***
しかし、この世には就職活動の時点で『順位』が公表される世界がある。
それも、日本中にその順位が知らされる恐ろしい世界。
それがプロ野球選手が必ず通る道、『ドラフト会議』だ。
毎年盛り上がるドラフト会議だが、報道されるのはほとんどが1位指名のみで、2位以下はスポーツ紙や地方紙であれば小さく載る程度の扱いになってしまう。
さらに育成枠契約ともなれば、名前のみの記載で終わることも少なくない。
球団からの評価が、順位というかたちで如実に表れるドラフト会議。
20歳そこそこの若者たちにとって、これだけ過酷な場もそうそうないのではないかと思う。
しかも指名順位は、入団後の待遇にも大きく影響する。
年俸や契約金が大きく異なるのはもちろん、上位指名選手はたとえ結果が出ずとも我慢して使ってもらえることが多いし、引退後のサポートも手厚い。
だからこそ下位指名を受けた高校生選手は入団を辞退し、大学や社会人チームで力をつけてから再度ドラフトで上位指名を目指すケースもある。
プロ野球は、『期待の新人』であることに価値があるのだ。
しかし最近は、育成出身選手の活躍が目立つようになってきた。
その代表が、ホークスの千賀・甲斐のバッテリーだろう。
2人とも育成契約でホークスに入団して支配下登録入りし、今ではそれぞれホークスの開幕投手と正捕手まで登りつめた。
さらに日本代表にも選出された、名実ともに日本を代表する野球選手だ。
さらにCS、日本シリーズでその俊足が注目された周東も、今年育成から支配下登録選手になったばかり。あっというまにその力が認められ、日本代表にも選出されている。
育成選手とは、支配下登録とは別に育成枠として球団に所属する選手を指す。
球団が正式に支配下選手として登録できる人数は70人と定められており、それ以外の選手は育成選手として契約する。
育成選手は一軍の試合には出られず、二軍の試合も5人までしか出場できない。
簡単に言えば、AKBの練習生のような立場である。
年俸も最低金額は300万円を切り、背番号も支配下選手と区別できるように三桁の番号をつけられる。
まずは支配下選手に昇格することが彼らの目標だが、そもそもドラフト上位の天才たちが毎年入団してくるわけで、その競争は想像以上に厳しいものだと思う。
実際、育成出身からスター選手が生まれた事例が多いホークスといえど、ほとんどの選手が支配下登録すらされることなく退団することになる。
しかも彼らはドラフト上位選手と異なり、契約金もなく年俸も少ないため、貯金すらほとんどないままに20代半ばで『野球選手になれなかった人』として放出されるリスクを負っているのだ。
もし自分が同じ立場だったら、育成選手としての入団は諦めて野球とは別の道を探すだろうと思う。
しかし、リスクを冒してでも自分の可能性に賭けたいと決断した男たちが、育成枠として球団の門を叩く。
そこで過酷な現実を乗り越えて、千賀や甲斐、周東、石川、牧原といった育成出身の選手たちが次々とホークスのベンチに名を連ねている。
彼らの活躍が目立つということは、逆に言えばドラフト上位だからといって確実に試合に出られるわけではないということでもある。
特に三軍まであるホークスは12球団一といっても過言ではないほど選手層が厚く、怪我をしたり調子を落としたりすればその座はすぐに奪われてしまう。
『育成のスター』が生まれる裏には、過酷な競争がある。
そんな競争を乗り越えて育成からスタメンへ、そして日本代表へと出世していく彼らの姿をみていると、入ったときの評価なんて大した問題ではないのだ、と思う。
もちろん誰だって1位で指名されたい。
お前に期待している、お前ならやれる、だからうちに来て欲しいと請われてチームに入りたい。
しかし、その座に着くことができるのはほんの一握りの人間だけだ。
スカウトに評価されなかったことへの不安ももとのもせず、
『それでも野球がやりたい』
『納得いくまで挑戦したい』
と腹を括って入ってしまえば、何番目の評価だろうとやることは一緒なのだ。
そしてがむしゃらに練習を積み重ねた先に、結果はついてくる。
育成選手の記事を読むと、いかに努力したかというエピソードがたくさんでてくる。
特に周東は学生時代からまじめで努力家で、誰より長く練習していたのだそう。
元来の努力家気質にプロのコーチからの的確なアドバイスが合わさって、劇的に成長した選手の1人なのではないかと思う。
千賀も甲斐も石川も、こうしたエピソードには事欠かない。
結局選手としての一生を決めるのは、『どうやって入ったか』よりも『入ったあとにどうがんばったか』なのだ。
たとえ入った時点では期待の新人じゃなかったとしても、そのあとの努力次第でいくらでもエースの座を狙うことはできる。
スタートラインは、スタートラインでしかないのだから。
***
世の中の大半の人は、私も含めてみな凡人だ。
きっとドラフトでも1位で指名されることなんてめったにないし、指名すらされずに泣くことになるかもしれない。
でも、人生はそこで終わったりしない。
別の道から入って、自分の努力次第ではドラ1よりも活躍することだってある。
入団順位も毎年の成績も、すべて開示される過酷な世界に生きる彼らの姿を見るたびに、私は彼らに胸を張れるだけの努力をしているだろうか、と自らを省みる。
天才を前にしても、勝手に諦めてしまわないこと。
現時点の自分を見つめ、真摯に努力し続けること。
育成の星たちから、私はいつも人間としてのあり方を学ばせてもらっている。