「外資でクビになりかけたのに、社長になった男」ノーカット版
外資系企業で働くことも珍しくなくなった昨今、いつかは日本法人代表(カントリーマネージャ)になるというキャリアゴールを設定している方も増えてきているかと思います。カントリーマネージャになるのにこれが定石という道はないのですが、クビになりそうになりながらのし上っていった青年の物語を紹介させていただきます。
本編はマーケティング専門メディアアジェンダノートに掲載された記事のノーカットオリジナル版として再掲載しております。
MBA取得の青年が鳴り物入りで入社
その外資ITベンチャーは日本に上陸してまだ数年でしたが、積極的に営業もマーケも展開する為、中途採用をしておりました。そこに北米でMBA取得後、現地のベンチャーで暫く働いたがVISAが取得できず帰国してきた藤澤青年がマーケのポジションに応募してきました。
藤澤はMBAでマーケを専攻しており、英語も達者だったことからマーケ責任者の賀集が是非採用したいと前のめりになっていました。一方、日本法人代表の久梨原は藤澤のやぼったい格好から、「服装のセンスが悪い奴は、トレンドを読む能力も低いので、マーケティングは上手くできない」という、一見理屈が通っていそうで意味不明な理論をふりかざして、難色を示しておりました。久梨原は大企業出身で、日本法人1号社員でもあった為、古臭い昭和の強権的マネジメントスタイルでしたが、沸点の低さや気難しさで社員にも恐れられていました。日本支社は社員数が20名弱の実質中小企業だったのですが、久梨原は上場企業の重役のようなそぶりをみせることがありあました。
結局藤澤はジョブディスクリプション(JD、職務内容)がきっちりしている外資には珍しくセールス50%、マーケ50%というハイブリッドなJDで採用されることになりました。
代表の久梨原とマーケ責任者賀集の二人にレポーティングするかたちで、藤澤は仕事をはじめます。2週間程経ち、最初のオリエンテーションもほぼ終わり、久梨原や賀集へのメールでの報告も増えてきます。しかしながら藤澤のメールにはあまりにもタイポ(誤字脱字)が多くて、久梨原も賀集もメールの内容を読解するのに四苦八苦しておりました。1字や2字のタイポであれば、想像して補正できるのですが、全文の10〜25%程度間違っていたので、解読困難なメールがほとんどでした。
外国暮らしで日本語が少し不自由になっているのかと思いきや、英語でもスペルミス連発のちょっとよくわからないコミュニケーションが頻発していました。もちろん賀集からはその都度注意されて藤澤は「以後気をつけます」と答えるのですが、舌の根も乾かぬうちに意味不明な文章を送りつけてくるのです。
また、偶にMBAを鼻にかけて、マーケティングはかっこいいけど、営業は泥臭そうなのでできればやりたくないという考えを匂わせていました。
藤澤の能力にかなり疑問符がつきはじめていたのですが、ちょうど本社のマーケティングイベントがあり、久梨原、賀集、藤澤、とエンジニアの勝美の4人で米国出張にいくことが決定します。
本社は古豪球団の本拠地近くにありました。それまで数年間久梨原も賀集も頻繁に出張していて、いつかはメジャーリーグ観戦をしたいと思っていたところ、たまたまチケットを手配してくれることになりました。
野球観戦は米国到着日の夕方の試合でした。
久梨原は一人別のフライトで遅れてホテルにチェックインしたのですが、ロビーで誰か降りてくるか待っていました。久梨原は大企業サラリーマン時代、お偉いさんのホテルでのお迎えをしょっちゅうしていたので、すっかり自分もそうしてもらえるものと思いこんでいたのです。
しかし試合時間がせまってきてもだれからも連絡がありません。もしやと思い久梨原が電話してみると、なんとみんな既にスタジアムに着いて、観戦グッズを調達してビールを飲んでいたのです。
「新入社員のくせに社長に連絡もせず、なんでベースボールキャップとかかぶっとんねん。そもそも全然似合っとらんし。」
と久梨原は何故か藤澤に対してのみ不快な念を抱きます。
それに追い討ちをかけるように藤澤と同じフライトだったエンジニアの勝美がこんなことを無邪気に耳打ちします。
「いつになったらビジネスクラスで出張いけるんですか?と藤澤さんに聞かれましたよ、ははっ」
「何もできてないくせにどういうつもりなんだ!」と久梨原の嫌悪感はさらに高まってしまいます。
さらに試合後にチケットを手配してくれた本社の日本担当に
「チケット代いくらだった、払うよ」
と久梨原が尋ねた時に、後ろの方で藤澤が
「え、ただじゃないんですか?」
と呟いていたのを久梨原は聞き逃しませんでした。
「僕はロブスターにします」会食で、自分の料理だけ注文
一夜明けてマーケティングイベント初日を迎えます。日本法人からは4人しか出張していませんので、せめてイベントのノベルティだけは留守番している社員にお土産で持って帰ってあげようと、久梨原が藤澤に対して人数分確保するように出張中唯一の社長指示をだしておきました。スタートアップのイベントではありましたが、盛大に開催されイベント自体は成功でした。日本からもクライアント数社を招待しており、夜はお客様とお洒落なシーフードレストランでの会食です。こういうクライアントとの大人数のディナーでは、一番下の営業系社員がオーダーを一手に引き受けるのが常識ですので、久梨原は藤澤にメニューを渡します。そこで藤澤は
「僕はロブスターにします。」
と何故か自分のメインだけ選んでメニューを閉じようとします。
流石に
「いやいや、なんで自分の分だけ頼むん?皆さんの分をオーダーしてさしあげなさい。」(しかも一番高いロブスターをお前一人で食べるんかい?)
と久梨原は注意をしますが、内心あきれておりました。
イベント期間中にも、本社幹部とのミーティングがいくつか設定されておりました。
日本のマーケティングが議題で、珍しく本社のCEOも参加する6名程度のミーティングに久梨原、賀集、藤澤の3名で参加していました。日本チームのプレゼンが終わって、CEOが話し始めた瞬間、藤澤は中座し、会議室を出て行ったのです。
「おいおい、CEOが話している時に、グラスに水汲みに行くなんてウチの教育がどうなっているんだって言われるやろ!」
と久梨原は心中で叫んでおりました。
たいがい、飲んだり、食べたりする人間の原始的欲求を抑えられない男なのかと呆れながらも、久梨原のただでさえ沸点の低い怒りの貯蔵庫はこの時点で70%程充填されてしまいます。
イベントも終盤になり、どうも唯一の社長命令であったノベルティを手配している気配がなく、久梨原がそれとなく勝美に、
「藤澤は手配しているのか」と聞いてみると、案の定手配を忘れていて、あわてて本社マーケティングの女性にお願いする始末で、とうとう久梨原の怒りの貯蔵庫はほぼ満タンとなってしまいました。それにしてもくだらないことで貯蔵庫が満タンになる了見の狭い社長です。
出張最終日の夜、出張者4人で日本食レストランでディナーをとることになりました。久梨原は賀集に対して、
「いろいろ藤澤は勘違いしているようだから、夕食後にでもちょっとマンツーマンで呑みながらでも注意したほうがいいかな」
と話しておりました。そしてレストランでテーブルについてオーダーをする際に、藤澤はすこし学習できたのか、自分でみんなの分までオーダーをしてました。久梨原は1週間の激務と時差ぼけでかなり疲れており
「自分のは枝豆だけ注文してくれれば、あとはまかせるよ」
と言っておりました。
そして久梨原の唯一のリクエストの枝豆が最初に運ばれてきました。
それを真っ先に手をつけて食べたのが、
藤澤だったのです。
たった一鞘の枝豆が久梨原の怒りの貯蔵庫の表面張力を崩してしまい、とうとう貯蔵庫から溜まりに溜まった怒りがどっと溢れてしまいました。。。。。
結局、久梨原は藤澤に夕食後注意することなく、もう完全に藤澤のことを相手にしなくなってしまいました。
長引く会議に我慢ができず・・・
日本帰国後、険悪な空気が漂いつづける中、ある週の営業会議でまた事件が起こります。
藤澤が電車遅延で営業会議に遅れていたのですが、午前11時の終了10分前にようやく入室し、自分のパートの報告を5分程で終わらせました。
藤澤はその後すぐ11時から賀集とのマーケティング会議があったので、営業会議がそのまま終われば間に合うと思っていたのですが、常日頃マーケの仕事は喜んでやるが、営業の仕事には乗り気でない藤澤の心情をわかっていた久梨原は、営業会議をあえてゆっくり進行させます。(本当に意地が悪い、、、)
11時になる前からそわそわしだした藤澤は、11時を超えて会議が継続されると、
まるで平社員の要領をえないプレゼンに早くやめろというイライラ感を全面に表現するお偉いさん風に、人差し指で
トントン、トントン、 トントン、トントン
と机の上の自分のノートを叩き出してしまいました。それを久梨原は凝視します。
会議にいた他のセールスは藤澤の度胸に肝を冷やしすぎて、肝機能停止一歩手前になっていました。
営業会議がようやく終了して藤澤がいそいそと退出した後、久梨原が他の社員に向かって
「あれはなんだ!」
と吐き捨てておりました。
直後、久梨原は賀集に
「藤澤は試用期間で終了する。」
と伝えたところ、
賀集が
「試用期間を1ヶ月延長するので、猶予をもらえないですか?」
と藤澤の上司だけあって、藤澤を必死に庇うのです。
渋々久梨原はそれを了承することになります。
そして試用期間の最終日、藤澤は呼びだされ、
「試用期間を1ヶ月延長します、それが了承できない場合は本採用はできません。」
と通達されました。
クビ宣告の藤澤は、そこからどうする?
その日を境に、藤澤は心をいれかえたように変わりました。
まず、誤字脱字がほぼなくなります。
自分のやりたい仕事ではなく、やらなければいけない仕事をきっちりやるようになります。
不遜な態度は完全になくなり、とても謙虚な姿勢になりました。
MBAホルダーであることも、鼻にかけなくなりました。
「人間て、こんなに変われるものか」と、あんなに怒り狂っていた久梨原も感心してしまいました。
それで暫く経ってからマーケ部隊の人員が増強されるタイミングで、藤澤は営業専門となります。藤澤にマーケの資質がなかった訳ではありませんが、数字に対しての貪欲さはどんな営業よりもずばぬけて強く、目標達成力が優れていたのです。その資質を伸ばすほうが藤澤の為になると久梨原は考え、営業専属となったのです。
そしてさらに数年が経ち、久梨原が退任することになります。久梨原は全員に話す前にクライアント訪問で偶々同行した帰り、藤澤に
「俺はこの会社を辞める。次の次の社長は藤澤がいいと思う。」
とリップサービスも入れて伝えました。
そこで藤澤は久しぶりに大きな間違いを犯します。
上司が辞めるというのに、ニヤッと笑ってしまったのです。
そういう現金なところが営業に向いているのかもしれませんが、
久梨原はその後全社員の前で
「俺が辞めるのに、次の次の社長は藤澤って言ったら、この男ニヤッとしやがった。」
と暴露し、最後まで藤澤をいじっていました。
久梨原の退職後も二代目社長のもと、藤澤は活躍を続け
・コンスタントに営業目標を達成し続けたこと、
・全ての関係者に対して、謙虚な姿勢でコミュニケーションをとり続けた誠実さ、
・諦めず努力する忍耐強さ
が高く評価され、
とうとう入社して10年後、みんなに祝福されて三代目社長に就任します。
めでたしめでたし、、、、
なぜ藤澤は社長に就任できたのか?
10年分で長い話になってしまいました。
ここまで、「なんかつまらんことでクビにしようとした久梨原が一番悪いね」という冷静な意見もありますが、「大概人事っていうものは、些細な事で決まっている」のです。
もちろん出世する為には、しっかり実績を残せる実務能力が必要です。それがないとどうやっても評価されないでしょう。しかしそれだけでは足りないのです。
藤澤の場合、知的な能力はあったのですが、いかんせん心持ちが利己主義すぎたのです。自分を中心に考えすぎて、相手が何を求めているかを全く考えることができませんでした。
仕事は相手があるものです。相手が何を求めているか、それを誠実に責任をもってこたえることが基本です。その基本がなっていないとどんなに頭がよくても嫌われて終わりです。
上司には媚びへつらえと言いたい訳ではありません。上司も人間です、自分のことをリスペクトしていない相手には、いい気がしません。上司だけでなくクライアント、パートナー、仕事をする相手には全員そうしたリスペクトを持たない限り上手くいかないのです。
「相手をリスペクトできなければ、いい仕事はできない。」という一見当たり前の事に気づかない人は意外と沢山いるのです。
藤澤はあの試用期間延長宣告で、それを心底理解できたのです。それで、その後見違えるように謙虚な人間になりました。なかなか自分を変革できる人間はいませんが、藤澤にはそれができる能力があったのです。
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