街のなかで“半透明”になってみる!大田区・池上でアートイベント開催
街のなかに、不思議なモノがやってきました。赤・黄色・青・緑など色鮮やかで、形も丸・三角・長細い棒などさまざまです。子どもも大人も一緒になってこの不思議なモノと遊ぶこの企画が開催されたのは、2022年3月末。ドリフターズインターナショナルが仕掛ける地域プロジェクトの第一弾でした。
ドリフターズインターナショナルは2010年より、建築、ファッション、舞台芸術、アート、デザインなど、さまざまな分野を横断するプロジェクトを立ち上げてきました。けれども、とくにコロナ禍では外出が少なくなり、イベントや美術館にも行きづらくなりました。「だったらアートが地域に会いに行こう!」「子どもにも大人にも、コロナ禍で家にいるのとは違う体験をしてもらおう!」と企画したのが、大田区・池上での『展示』『子ども向けワークショップ』『上映会』の3つです。
文化施設がないのなら、自分たちで楽しめる場所をつくろう
池上の街を走る電車は、東急池上線の一本だけ。ここ3年ほどは東急電鉄が力をいれてエリアリノベーションプロジェクトを実施しており、街のガイドMAPが作られたり、街あるきツアーが開催されたり、空き家を活用した企画が行われたりしてきました。街の中心には池上本門寺があり、たくさんの人が訪れます。3月末のこの時期も、満開の桜が咲き誇り、たくさんの人が参拝していました。
しかし池上をはじめ大田区には、記念館や資料館はたくさんありますが、独自の企画をおこなうアート系の場所はあまりありません。それでも、地元の方などが日替わりでお菓子を販売する洋菓子店があったりと、地域の方々からはみずから楽しもうとする様子が感じられます。
この池上でなら、素敵な出会いがあるんじゃないか、一緒に新しいことを楽しんでいけるんじゃないか……そう考えた大田区出身のスタッフ達が企画し、池上にはない自主的な企画をおこなえる美術館や劇場のような場づくりをすることにしました。
テーマは「‟半透明”になってみよう!」です。
「みんなで半透明に!」子ども向けワークショップ @久松温泉
まず3月19日(土)に、子ども向けワークショップを開催しました。『チェルフィッチュといっしょに‟半透明”になってみよう!』というこの企画では、演劇カンパニー・チェルフィッチュの俳優たちと一緒にいろんなモノやオブジェになってみます。モノの視点になることで子どもたちの発想力や表現力を育むとともに、コロナ禍で集まって遊ぶことが難しかった子ども達にとって、みんなで身体を動かせる場でもあります。
集まったのは、池上近辺に住む9人の子ども達。場所は、70年近く前に掘削された天然温泉が人気だった久松温泉(※休業中)の広間です。地元の人たちに親しまれてきたことがわかる温かな空間には、不思議なモノがいっぱい!細長~いスポンジ、道路工事の標識、丸・三角・四角など大きさも素材もさまざまでカラフルな何だかわからないモノたち……。
遠慮しながらモノを触る子どもたちに、俳優の一人が声をかけます。「僕たちはふだんモノと一緒にお芝居をつくっています。でもとっても難しくて。人間が半分モノになって、半分人間じゃなくなる……つまり‟半分透明”になれば、モノと一緒に演劇ができるんじゃないかな?と思っています。どうやってモノになればいいのか、一緒に考えてみてくれないかな?」
子ども達からは「足だけ隠してみたら?」などいろんなアイデアが出てきます。また、袋のなかに入ってみたり、モノの影に隠れてみたりと試行錯誤しながら、それぞれの方法でモノと混ざっていきます。
後半は、それぞれが思い思いの‟半透明”になるようすを映像作品にしました。脱衣所のロッカーに入ったり、体重計のとなりにたたずんだり……まるで、人もモノもずっとそこにあったかのように馴染んでいきます。
最後に、親御さんも一緒に映像作品を見て「‟半透明”になれてたかな?」と振り返ります。そして感想を画用紙に描いてワークショップは終了……の予定でしたが、子どもたちは白熱してモノと一緒に遊びまわっていました。いつの間にかモノとの距離がぐっと縮まっていたようです。
展示『消しゴム畑』で“半透明”の感覚になってみる @KOTOBUKI PourOver
大人も参加できる企画が、池上のコーヒーショップ・KOTOBUKI PourOverで開催された展示『消しゴム畑』(3月25日(金)~31日(木))です。築60年以上の文具屋さんをリノベーションしたcafe/bar & オルタナティブスペースで、広い通りに面したガラス張りのお店は、遠くからでも明るく、覗いてみたくなります。
店内には、子どものワークショップに使われたものと同じたくさんの色とりどりで不思議な形のモノたちが置かれています。壁には3つのモニターがあり、ひとつは美術家・金氏徹平さんの映像が流れていて、池上の呑川(のみがわ)沿いでいろんなモノが積み上げられたり並べ替えられている様子が映っています。もうひとつには、誰かの自宅。金氏さんから宅配されてきたいろんなモノを使って“半透明”になろうとしている姿が流れています。最後のモニターには、リアルタイムの店内が映っています。訪れた人はこのモニターにモノと自分を映しながら‟半透明”になってみようか、と遊びます。
目の前のいろんなモノ(中国の鳥のエサ入れや、道路のパイプ、液体の砂時計のほか、用途のわからないいろんなモノ)を、手に取って質感を感じながら、並べたり、ひっくり返したり、積んだりしていきます。いつしか目の前のモノに集中していると、自我がなくなってモノとの距離が近づいたような感覚になります。
また、モノをカメラの前に置き、モニターに映してみます。モニター越しにモノや自分を見ると、平面の画像のなかでモノと自分が一体化しているようにも見えてきます。モノと自分を客観的に見る……不思議な感覚です。
せっかくなので、店内を出て池上の街を散策してみます。すると、金氏さんのモニターに映っていたのと同じ呑川沿いの光景に出会えました。さっきモニター越しに見ていた場所に自分が訪れると、自分がモニターの中にいて誰かに見られているような錯覚も感じます。いつしか、池上の街にいる自分を俯瞰して見ているような気持ちにもなってきます。もしかしてこの感覚は、“半透明になる”ことに近いのかもしれません。
モノと人間はフラットな関係になれる?「『消しゴム山』上映会&トーク」 @本妙院
「半透明になる」というのはいったいどこから出てきた発想なのか……というと、チェルフィッチュの演劇作品『消しゴム山』から生まれた演劇メソッドなのです。その『消しゴム山』の上映会と、トークイベントが3月26日(土)に池上の本妙院でおこなわれました。本妙院にはひときわ鮮やかなピンクの花が咲いており、日頃から音楽ライブなどいろんなイベントを開催しています。住職の早水文秀さんによると「できるだけ敷居を低くしたお寺です。お庭の花も季節ごとに咲いて、覗いてみたくなるように」とのことです。
この日は、演劇作品『消しゴム山』をもとにした映像作品『消しゴム山は見ている』を上映しました。2時間30分の演劇公演をライブ配信用に収録したもので、舞台上には、大人が隠れるくらいの大きなモノが所せましと置かれています。その空間で俳優たちは、会話をしたり、エピソードを語ったりするのですが……いつしか人間の存在感と、モノの存在感とがフラットになっていくような、不思議な感覚になっていきます。
終了後のトークでは、美術家・金氏徹平さんと本妙院住職・早水文秀さんが、それぞれの視点から「モノと人間との関係は?」と紐解いていきます。
上映を観た早水さんは「人間は時間に帰属している、と感じました。それは仏教的な感覚で、なんとなく人間の勝手な尺度で時間を支配しているような感覚があるかもしれないけれど、実際はそうではないんですよね」と言います。それについて、金氏さんによると「まさに人間中心主義から脱却できないかなと考えました。舞台上にモノをたくさん置くのは、人間の邪魔をするくらいの存在感を持つことで、モノそのものが抽象的になっていく。たとえば、お墓の隣りにクリスマスツリーがあるとそのモノの持つ意味が薄れて曖昧になるように、モノや人間をフラットな関係にしようとしました。線引きを無くしたいんです」とのこと。これには早水さんが「とても仏教的です!」と答えます。「仏教には『山川草木悉皆成仏』という考え方があり、この世のすべてのものは同時に、平行で、同じ要素を持っています。同じ境界線上に存在している以上は並列である、という考えは、まさに仏教の根本です」。
最後に早水さんは言います。「人間がじっと座禅を組むのと、自分はモノだというつもりで座禅を組むのでは、座っていられる時間の長さが違うんです。意識的にモノになることで身体は変わっていくのかもしれません」。ここに、境界線を無くす=“半透明”になるヒントがありそうです。
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池上でおこなわれた3つの企画(子ども向けワークショップ、展示、上映会&トーク)はどれも「モノと人間がフラット/半透明になったら?」という視点がテーマになっていました。池上の街ならではの場所で、‟半透明”になることができたら……街を見る視点が変わったら、見慣れた池上のこれまで知らなかった景色が見えるかもしれません。
街やそこに住む人たちが、同時代に生きているアーティストとゆるやかに繋がっていく。それはきっと、あらたな街と人との関係を生んでいくでしょう。今回のテーマは「半透明になる」でしたが、これからもドリフターズインターナショナルは、詩や舞台芸術などさまざまな企画を、池上で展開していく予定です。
文:河野桃子
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