おんなへんを含む字の書き換え表記について
3月8日は国際女性デーで、3月は女性史月間です。
おんなへん《女》を含む字は各字母の制定当初に女性の感情を示す字が多いことから、漢字の意味を重視する日本語では、字義に複雑な状況を持たらす場合があります。
21世紀に入ってから、漢字圏で《女》部の漢字でコンプライアンス的に不適切な意味合いを持つ字について、偏の箇所をおとこ《男》(※部首分類はたへん《田》部)や性別不問のぎょうにんべん《彳》(※中国の葉満天弁護士が提案した漢字改革案より)など別字に置き換える要望(例 : 嫉➡《⿰男疾》, 妬➡《⿰男石》, 妒➡《⿰男戸 / ⿰男戶 / ⿰男户》; 娯➡《⿰彳呉 / ⿰彳吳 / ⿰彳吴》, 嫖➡《⿰彳不》)などが目立つようになりましたが、漢字外字フォントに採用されていない状況です。
“おんなへん”を含む字のコンプライアンス対応では、1977年に中国で簡体字を更に略した二簡字で一部の字に対して取り組まれましたが、'86年に二簡字で略字化された各字形は本来の簡体字に戻され、二簡字は廃止されてしまいました。
例えば、感情を示す字の偏旁を《心・忄》部に置き換えたもの (例 : 嫉➡《忌》, 嫌➡《⿰忄先》)や、形声文字として簡単な発音の字に置き換えたもの (例 : 薅➡《䒵》)などがあります。
しかし、ツクリの字形が簡略化されても部首が変更されなかった字や、萎➡《委》など漢字の統合によりマイナスイメージが追加されてしまった字もあります。
二簡字における部首変更の取り組みは、漢字におけるジェンダー問題解決のための改革のひとつとなりました。
今回は漢字における“おんなへん”を含む字を置き換えた字について取り上げます。
おんなへんを含む字を既存漢字に置き換えた当て字
日本語では著しく音読みが異なる字も含みます。
(※R6-02-15更新)
【威➡畏】イ - 台湾などにおける同音字に置き換えた当て字。
【妓➡伎】ギ - 日本では〈舞妓〉[まいこ]で知られる字。代替字形は常用漢字に採用されていることから論理的に〈舞伎〉に書き換え可能で、実際に台湾ではこの表記となる。
【嫉➡忌】シツ - 二簡字で中国語普通話における同音の《忌》/jí/ [ジー]に置き換えた字。但し、二簡字では妬の簡体字ならびに現行繁体字である《妒》は維持されたままである。二簡字で嫉妬は〈嫉妒➡忌妒〉[ジードゥー]と表記され、廃止後も定着し使用されている。
【嬲・嫐➡擾・扰】ジョウ - 日本語では音読みが同音となるが、中国語では《嬲》/niǎo/ [ニアオ]と《擾・扰》/rǎo/ [ラオ]と読みが異なる。
【妊➡任】ニン - 絵文字の妊娠した男性《🫃》や妊娠した人《🫄》など性別を問わない生物の妊娠の意として〈任侲〉という当て字が想定される。
【媚➡魅】ビ - 大修館書店・刊『大漢和辞典』で《媚》と《魅》がそれぞれの仮借文字として扱われている。ちなみに常用漢字の表外音読である。
【妨➡彷】ボウ - ぎょうにんべん《彳》部に属する字による当て字。妨害する行動を意味する。
【妄➡盲】モウ - 妄が常用漢字に採用される以前は、新聞用語などで〈妄言➡盲言〉[モウゲン]などのように書き換えられていた。現在ではコンプライアンス上避けた方がよい表現もある。
【倭➡和】ワ - いずれも日本の意で、7世紀ごろまで《倭》は国名として使用されていた。
おんなへんを含む字の代替字形
おんなへん《女》部に属する漢字の異体字は、主にこころ《心・忄》部など感情を示すものやにんべん《人・亻》部など体に関するものに部首を変更する方式が主流でした。
近年はマイナスイメージの字に対して《女》をおとこ《男》に差し替える異体字が生まれましたが、ユニコードに登録されていないことから〈嫉妬➡男疾男石〉などの当て字表記が主流となっています。
【奸・姦➡忓{⿱忄干}】カン - 中国語における正字《奸》をりっしんべんに置き換えた字。
【奸・姦➡𪟧{⿱男𤲶}】カン - 本来は日本の国字で“たばか-る”と読み、謀略の意。よこしまな謀略の意である“奸計”の書き換えで〈𪟧計〉と当て字が可能。男は本来《田》部だが、たばかる《𪟧》はユニコードでは例外的に《力》部に分類されている。
【奸・姦➡𢙶{⿱旱心}】カン - 異体字。
【嫌➡慊{⿰忄兼}】ケン - りっしんべんに置き換えた異体字。
【嫌➡𢙝{⿰忄先}】ケン - 二簡字。真っ先に心を見抜く意味合い。
【薅➡䒵{⿱艹好}】コウ - 二簡字。意味は“引っ張る”又は“むしる”で、マイナスイメージのある《媷》[ニク・おこ-たる]から発音がわかりやすい且つポジティブイメージの《好》[コウ・す-き・この-む]に置き換えたもの。
【嫉➡㑵{⿰亻疾}】シツ - にんべんに置き換えた異体字。
【嫉➡愱・𢞱{⿱忄疾/⿱疾心}】シツ - りっしんべん/こころに置き換えた異体字。
【娼➡倡{⿰亻昌}】ショウ - にんべんに置き換えた異体字。
【嬲・嫐➡𤲶{⿰男男}】ジョウ - 2つの《男》の間の《女》を取り除いた異体字。
【嬲・嫐➡𢣲{⿲男心男}】ジョウ - 2つの《男》の間を《心》に入れ替えた異体字。
【娠➡侲{⿰亻辰}】シン - 柏書房・刊『異体字解読字典』に記載されている異体字。性別を問わない“妊娠”を表す絵文字《🫄》及び男性の妊娠の絵文字《🫃》に対応する漢字として重用されると想定される。
【妬・妒➡佦{⿰亻石}】ト - にんべんに置き換えた字で、本来は《佑》の誤字。
【妬・妒➡㣗{⿰彳戸/⿰彳戶/⿰彳户}】ト - ぎょうにんべんに置き換えた字で、葉満天弁護士の漢字改革案に基づく表記。
【奴➡仅{⿰亻又}】ド - 中国語では《僅》の簡体字と同型。応用で《怒➡⿱⿰亻又心》を生成できる。
【妊➡𨉃{⿱任身}】ニン - 旧字体《姙》における偏を《身》に置き換え、配置を換えた異体字。
【佞・侫➡𧭈・詝{⿰言寧/⿰言宁/⿰讠宁}】ネイ - ごんべんとネイ音を示す《寧・宁》による異体字で『字源』のサイトに見られる。ユニコードに登録されている簡体字は《𫍾》と本来のルールと異なる表記。
【媚➡䰨{⿺鬼眉}】ビ - 本来は媚の代用で用いられる《魅》の異体字。
【婊➡脿{⿰月表}】ヒョウ - にくづきに置き換えた字。漢字圏で不適切な表現に使われる字のため、使用を避けるべき字のひとつ。
【嫖➡僄{⿰亻票}】ヒョウ - にんべんに置き換えた字。
【嫖➡闝{⿰門敗/⿰门败}】ヒョウ - もんがまえに置き換え、ツクリを《敗・败》に替えた異体字。
【妨➡㤃{⿰忄方}】ボウ - りっしんべんに置き換えた異体字。心のさまたげを意味する。
【妄➡𡔞{⿱亡壬/⿱亡王}】モウ - 別字形。異体字として使用される場合がある。
【妖➡祅{⿰示夭/⿰礻夭}】ヨウ -しめすへんに置き換えた異体字。妖怪や妖精など架空の生物を示す字。
【妖➡訞・𫍚{⿰言夭/⿰讠夭}】ヨウ - ごんべんに置き換えた異体字。災いの意。二簡字では《謠・谣・謡》の略字で“歌”あるいは“デマ”の意。
【婪➡惏{⿰忄林}】リン - りっしんべんに置き換えた異体字。
【矮➡仦{⿰亻小}】ワイ - 二簡字。
おんなへんを含む字で同一の訓読みの字に書き換えできる字
【怒➡忿】いか-る
【嫌➡厭】いや
おわりに
おんなへんを含む漢字におけるマイナスイメージを持つ字を異体字や新造字、既存の漢字による当て字に置き換えてそれを取り入れた常用漢字の新字体及び簡体字の大幅改訂の動きが出るかどうかは不明瞭で、漢字における性差別問題解消のための運動が活発化されれば漢字圏で大きな改革となりそうです。
ユニコードコンソーシアムでは絵文字におけるジェンダー関連の問題を、新たな絵文字の追加や既存の絵文字と性別記号の合成などで解決してきたことから、ユニコードコンソーシアムは漢字のジェンダー問題解消の大きな鍵を握る重要な役割となりそうです。
ジェンダー関連で性別を問わない3人称単数形や性別を問わない“きょうだい”を示す創作漢字が生まれているのを見て、ジェンダー問題解決のために性別を問わない概念を示す字やユニコードで“おんなへん”を別の部首に置き換えた異体字の採用が活発化して、ジェンダーレスの漢字文化が広まってほしいと祈っております。
おんなへん部の漢字に関する改革が実現するかどうかが、漢字圏における今後の焦点となりそうです。