アラビア文字ハムザに関するいろいろなこと
8月7日はハテナの日です。
国際音声記号グロッタルストップ《ʔ》は疑問符《?》に由来する子音字で、声門閉鎖音あるいは声門破裂音を表します。
グロッタルストップはアラビア文字ハムザ《ء》に対応する子音字となっています。
今回はいろいろな言語でハムザ関連を取り上げます。
ハムザとそれに対応する字母
アラビア文字ハムザ《ء》は“読みの母”となるアリフ《ا》, ワーウ《و》, ヤー《ى》の3つの字母に付加して声門閉鎖音を示したり、ウルドゥー語などで母音であることを示します。
カシミール語では曖昧母音を示す母音字となります。
ハムザ付きアリフ【أ】[ʔa ア/ʔu ウ]
下ハムザ付きアリフ【إ】[ʔi イ]
ハムザ付きワーウ【ؤ】[uʔ ウッ]
ハムザ付きヤー【ئ】[iʔ イッ]
アラビア語以外におけるハムザ付き字母
拡張アラビア文字に見られるハムザ付き字母です。
ハムザ付きヘー【ۀ】[-e.je エイェ] - ペルシア語ではヘーとハムザの合成《هٔ》で示す。
ハムザ付きヘー・ゴール【ۂ】[-e.je エイェ] - ウルドゥー語。語末が《ـۂ》となる。
ハムザ付きイェー・バーレー【ۓ】[-e エ] - ウルドゥー語。
ハムザと下2点付きヤー【ࢨ】
ハムザ付きバー【ࢡ】
ハムザ付きハー【ځ】[ヅ] - パシュトー語。
ハムザ付きラー【ݬ】
ハイハムザ
カザフ語では前舌母音に調和したことを表すハイハムザ《ٴ》が取り入れられています。但し、外来語表記など母音調和がされない場合は省略されます。
ジャウィ文字にも二重母音のつなぎとして用いられています。
ハイハムザ付きアリフ【ٵ】[æ ア] - キリル文字《Ә・ә》に対応。
ハイハムザ付きワーウ【ٶ】[ɵ ウ] - キリル文字《Ө・ө》に対応。
ハイハムザ付きウー【ٷ】[ʏ ユ] - キリル文字《Ү・ү》に対応。
ハイハムザ付きアリフマクスーラ【ٸ】[イ] - キリル文字《І・і》に対応。
ウェービーハムザ
カシミール語に見られる特殊母音記号で、アリフを土台とする基本字母とダイアクリティカルマークからなります。
ウェービーハムザ付きアリフ【ٲ】
下ウェービーハムザ付きアリフ【ٳ】
ハムザに対応する他言語の字母
国際音声記号のグロッタルストップ《ʔ》のようにハムザの発音を示す拡張ラテン文字です。
日本語の仮名文字では小書きTU《っ・ッ》が子音のみの声門閉鎖音を表すのですが、アラビア語翻字では省略される傾向が多いようです。
【Ɂ・ɂ・ʔ】グロッタルストップ - 拡張ラテン文字に採用されている言語ではドグリブ語のように大文字《Ɂ》と小文字《ɂ》のサイズが異なっていたり、ヌートカ語など大小文字のケースを区別しない《ʔ》を取り入れていたりと異なる採用となっている。20世紀後半に考案された沖縄語ラテン文字にも導入されている。言語によってはアラビア語《ء》由来の〈ハムザ〉が字母名となっている。
【ˀ】上付きグロッタルストップ - スペース調整記号。ラテン文字の他に沖縄語など琉球諸語のしまくとぅば表記法の案に導入されている。
【ʼ】アポストロフ - 英語などアラビア語翻字に用いられ、SNSサイト・Xがツイッター時代に導入したハッシュタグにも対応。ネット上ではタイプライター用アポストロフィー《'》あるいは右シングル引用符《’》で代用される。
【ʾ】右ハーフリング - アフロ・アジア語族セム語派の声門閉鎖音を表す特殊記号。
【ʻ】オキナ - ハワイ語やトンガ語などポリネシア諸語における声門閉鎖音を示す子音字。
【Ꜣ・ꜣ】エジプト学アリフ - エジプト語ラテン文字の半母音字。本来はレプシウス文字でアイン《ع》に対応する字母だった。
【2】算用数字2 - アラブ・チャット文字でハムザに対応する字母として採用されている。
【7】算用数字7 - クヮキゥートル語やスクォーミッシュ語など北米先住民族言語のラテン文字表記で、声門閉鎖音を示す字母として採用されている。
【?】疑問符 - 三省堂『世界音声記号辞典』に記載されているグロッタルストップのルーツとなる字母。なおアラビア語で疑問符は〈عَلَامَة اِسْتِفْهَام〉[ア゙ラーマ・イスティフハーム]で、アイン《ع》に対応する国際音声記号ファリンガル・ボイスド・フリケイティブ《ʕ》はアラビア語疑問符《؟》から点を抜いた形状が変化したもの、すなわち左右逆のグロッタルストップとなる。
ラテン文字以外の文字体系
【᾿】ギリシャ文字プシリ - 大文字の場合は右上肩付きで、小文字の場合は上付きダイアクリティカルマークとなり、表記は《Ἀ・ἀ , Ἂ・ἂ , Ἄ・ἄ , Ἆ・ἆ》となる。全文大文字のみの表記では省略。
【Ⲳ・ⲳ】コプト文字P方言アリフ - 方言表記用字母。
【Ъ・ъ】キリル文字硬音符 - タジク語では声門閉鎖音となるアイン《ع》に対応する字母だが、現行正書法で語頭では省略される傾向がある。
【Ӏ・ӏ】キリル文字パーロチカ - カフカズ諸語の特殊文字。大文字はラテン文字アイ《I》, 小文字はラテン文字エル《l》と同型になるフォントが見られる。
【ˮ】キリル文字二重アポストロフ - ネネツ語キリル文字。クォーテーションマーク《"》あるいは右ダブル引用符《”》で代用される。
【Ჸ・ჸ】ジョージア文字エリフィ - メグレル語ジョージア文字。
いろいろな言語でハムザ
アラビア文字のダイアクリティカルマークのひとつであるハムザ《ء》はアラビア語〈هَمْزَة〉[ハムザ]に由来し、字形はアイン《ع》[ʕ]の語頭形《عـ》に由来します。
アラビア語のハムザの複数形〈هَمَزَات〉[ハマザート]が示すようにター《ت》が変化した語末のター・マルブータ《ة》はア段女性形を示す字母ですが、マレー諸語以外の翻字では省略されます。
【Hamza】ほとんどのラテン文字使用言語
【Hamza / 𐒔𐒖𐒑𐒈𐒖】ソマリ
【Hamzah】スロバキア、マレー、インドネシア
【Hamzé】フランス - 男性形。ペルシア語における字母名に用いる。
【Hamzo】エスペラント
【Hamsa】ドイツ、アイスランド - ドイツ語の現行正書法では英語と同一表記。
【Hemza / 𐔌𐔇𐔒𐔣𐔀 / 𐕼𐖞𐖫𐖼𐖗】アルバニア
【Hemze】トルコ、クルド、クリミア・タタール
【Həmzə】アゼルバイジャン
【Χάμζα】ギリシャ
【Ἅμζα / ͰΑΜΖΑ】古典ギリシャ
【ϩⲁⲙⲍⲁ / ϨⲀⲘⲌⲀ】コプト、ヌビア
【𐌷𐌰𐌼𐌶𐌰】ゴート
【Гамза】ウクライナ、ベラルーシ、ルシン
【Гьамза】アバール、クムク
【ГӀамза , Гӏамза】チェチェン
【Хамза】ほとんどのキリル文字使用言語
【Хемзе】クリミア・タタール
【Ҳамза】タジク、ウズベク
【Һамза】カザフ
【Һәмзә】タタール、バシキール、アゼルバイジャン、ウイグル
【Համզա】アルメニア
【ჰამზა / ᲰᲐᲛᲖᲐ / Ⴠⴀⴋⴆⴀ】ジョージア、ラズ
【ᎭᎻᏌ / Hamisa】チェロキー
【האַמזאַ】イディッシュ
【המזה】ヘブライ
【חאמזה】ラディノ
【همزة】アラビア、ジャウィ
【همزه】エジプト・アラビア、ペルシア、ダリー、パシュトー、シンド
【ھامزا】カザフ
【ھەمزە】ソラニー、ウイグル
【ہمزہ】ウルドゥー
【ہَمزَہ】カシミール - カシミール語アラビア文字の母音字であるハムザ付きアリフ《أ》[ə ア]の字母名は〈اَمالہٕ〉[アマールィ], 下ハムザ付きアリフ《إ》[ɨ ゥイ]の字母名は〈سایہِ〉[サーイィ]。
【حامزا】ボスニア
【ހަމްޒާ】ディベヒ
【𐴇𐴥𐴝𐴔𐴎𐴝】ロヒンギャ
【ܗܡܙܗ】アッシリア現代アラム
【हम्जा , हमजा】ネパール
【हम्ज़ा , हमज़ा】ヒンディー
【हम्झा , हमझा】マラーティー、コンカニ
【হামজা】アッサム
【হামযা , হামযাহ্】ベンガル - 後者はベンガル音声記号による表記。
【ਹਮਜ਼ਾ】パンジャブ
【ཧམ་ཀྲ་ , ཧམ་ཀྲ།】チベット
【ཧམ་ཛ་ , ཧམ་ཛ།】ゾンカ
【𑐴𑐩𑑂𑐖𑐵 / हम्जा】ネワール
【ꯍꯝꯓꯥ / হম্ঝা】マニプーリ
【હમ્ઝા , હમઝા】グジャラート
【ହମ୍ଜା】オリヤー
【ᱦᱟᱢᱡᱟ】サンタル
【ஹம்சா】タミル
【హమ్జా】テルグ
【ಹಮ್ಜಾ】カンナダ
【ഹംസ】マラヤラム
【හම්සා】シンハラ
【ဟမ္ဇာ / Hamjā】パーリ
【ဟမ်းဇာ】ビルマ
【ហាមហ្សា】クメール
【ฮัมซะฮ์】タイ
【ຮັມຊະ】ラオ
【ꦲꦩ꧀ꦗ꦳ꦃ / Hamzah】ジャワ
【ᬳᬫ᭄ᬚᬄ】バリ
【ᬳᬫ᭄ᭊᬄ】ササック
【ᮠᮙ᮪ᮐᮂ】スンダ
【ᨖᨆᨍᨖ】ブギス
【ᜑᜋ᜔ᜐ / Hamza】タガログ/フィリピノ
【ᜱᜫ᜴ᜰ】ハヌノオ
【ᝑᝐ】ブヒッド
【ᝣᝰ】タグバヌワ
【海姆宰 / Hǎimǔzǎi】中国
【海姆宰 / ㄏㄞˇㄇㄨˇㄗㄞˇ】台湾華
【哈姆扎 / Haa¹mou⁵zaat³】広東 - 中国語普通話のピンイン表記では〈Hāmǔzhā〉。
【哈姆扎 / Hah-ḿ-chah】台湾
【海姆宰 / Hāemuzae】上海
【함자】韓国
【ハムザ / Hamuz̧a】沖縄
【ハㇺチャ , ハㇺジャ / Hamca , Hamza】アイヌ
【ሀምዛ】アムハラ
【ⵀⴰⵎⵣⴰ】アマジグ
【ߤߊߡߑߖ߭ߊ】マニンカ
【ꕌꕆꕤ】ヴァイ