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アラメオグラムについて

9月30日は翻訳の日です。

パフラヴィー語やパルティア語などの研究に用いられる各言語で訓読する“ウズワーリシュン”表記用アラム系文字ラテン文字に置き換えた転写・翻字はアラメオグラムあるいはアラマオグラムと呼称されます。

アラメオグラムはアラム文字で表記して他の言語で訓読される特殊な翻訳の翻字の他に、ヘブライ文字などで発音が分からない単語の翻字にも用いられます。

今回はアラメオグラムに用いるラテン文字を取り上げます。

アラメオグラムの一覧

パフラヴィー語やパルティア語の発音を示す箇所は小文字で、大文字はアラム語で表記してそれを訓読する翻字を示すのがルールです。
日本語の現代かなづかいにおける“送り仮名”の要領で、表音文字に当たるラテン小文字を表語文字に当たるラテン大文字に対する送り仮名として用います。例えば“複数の王様”を意味する〈MLKAn〉/šāhān/[シャーハーン]は、アラム語〈𐤌𐤋𐤊𐤀〉/malkā/[マルカー]の翻字に当たるラテン大文字〈MLKA〉/šāh/[シャー]がパフラヴィー文字表記〈𐭬𐭫𐭪𐭠‎〉に当たり、ラテン小文字《-n》[アーン]がパフラヴィー語複数形《𐭭》に当たります。

ラテン文字のルーツであるフェニキア文字に基づき、ラテン大文字の母音字を子音字に当てはめるのも特色で、セム系文字本来の翻字と異なります。
中には字源が共通しているギリシャ大文字を借用して示す子音字もあります。

フォントによっては下点付き字母が含まれないことが多いため、アラメオグラムはシンŠ》に含まれるキャロンˇ》以外のダイアクリティカルマークを使用せずに表記できる利点があります。

アラビア文字翻字の場合、アラビア語のものは本来の字形である点無し字形あるいは現行の点付き字形のいずれかを用い、ペルシア語のものは発音に合わせた表記となっています。
ペルシア語アラビア文字による翻字では、〈𐤇𐤅𐤉𐤌〉で示される〈HWYm〉/hēm/[ヘーム]「私たちは~です」は〈حوی‌م〉という風にZWNJ合成による表語文字と表音文字の区切りで送り仮名を示すように思われます。

ʼA𐤀》】アーラフ - アラム《𐡀》、ヘブライ《א》、パルティア《𐭀》、パフラヴィー《𐭠》、詩編パフラヴィー《𐮀》、エストランゲロ《ܐ》、アラビア《ا》、ペルシア《ا》。
・b【B𐤁》】ベート - アラム《𐡁》、ヘブライ《ב》、パルティア《𐭁》、パフラヴィー《𐭡》、詩編パフラヴィー《𐮁》、エストランゲロ《ܒ》、アラビア《ب،ٮ》、ペルシア《ب》。
・g【G《𐤂‎》】ガーマル - アラム《𐡂》、ヘブライ《ג》、パルティア《𐭂》、パフラヴィー《𐭢》、詩編パフラヴィー《𐮂》、エストランゲロ《ܓ》、アラビア《ج،ح》、ペルシア《گ》。
・d【D𐤃》】ダーラス - アラム《𐡃》、ヘブライ《ד》、パルティア《𐭃》、パフラヴィー《𐭣》、詩編パフラヴィー《𐮃》、エストランゲロ《ܕ،ܖ》、アラビア《د》、ペルシア《د》。
hE𐤄》】ヘー - アラム《𐡄》、ヘブライ《ה》、パルティア《𐭄》、パフラヴィー《𐭤》、詩編パフラヴィー《𐮄》、エストランゲロ《ܗ》、アラビア《ه،ھ》、ペルシア《ه》(※ウルドゥー文字ではU+06C1《ہ》, 新ウイグル文字ではU+06D5《ە》)。
・w【W𐤅》】ワウ - アラム《𐡅》、ヘブライ《ו》、パルティア《𐭅》、パフラヴィー《𐭥》、詩編パフラヴィー《𐮅》、エストランゲロ《ܘ》、アラビア《و》、ペルシア《و》。
・z【Z𐤆》】ザイン - アラム《𐡆》、ヘブライ《ז》、パルティア《𐭆》、パフラヴィー《𐭦》、詩編パフラヴィー《𐮆》、エストランゲロ《ܙ》、アラビア《ز،ر》、ペルシア《ز》。
H𐤇》】ヘース - アラム《𐡇》、ヘブライ《ח》、パルティア《𐭇》、パフラヴィー《𐭧》、詩編パフラヴィー《𐮇》、エストランゲロ《ܚ》、アラビア《ح》、ペルシア《ح،خ》。
Θ𐤈》】テース - アラム《𐡈》、ヘブライ《ט》、パルティア《𐭈》、パフラヴィー《𐭨》、詩編パフラヴィー《〓》、エストランゲロ《ܛ》、アラビア《ط》、ペルシア《ط》。
・y【Y𐤉》】ヨッド - アラム《𐡉》、ヘブライ《י》、パルティア《𐭉》、パフラヴィー《𐭩》、詩編パフラヴィー《𐮈》、エストランゲロ《ܝ》、アラビア《ي،ى،ے》、ペルシア《ی》。
・k【K𐤊》】カーフ - アラム《𐡊》、ヘブライ《כ׀ך》、パルティア《𐭊》、パフラヴィー《𐭪》、詩編パフラヴィー《𐮉》、エストランゲロ《ܟ》、アラビア《ك،ک،ڪ》、ペルシア《ک》。
・l【L𐤋》】ラーマド - アラム《𐡋》、ヘブライ《ל》、パルティア《𐭋》、パフラヴィー《𐭫》、詩編パフラヴィー《𐮊》、エストランゲロ《ܠ》、アラビア《ل》、ペルシア《ل》。
・m【M𐤌》】メム - アラム《𐡌》、ヘブライ《מ׀ם》、パルティア《𐭌》、パフラヴィー《𐭬》、詩編パフラヴィー《𐮋》、エストランゲロ《ܡ》、アラビア《م》、ペルシア《م》。
・n【N𐤍》】ヌン - アラム《𐡍》、ヘブライ《נ׀ן》、パルティア《𐭍》、パフラヴィー《𐭭》、詩編パフラヴィー《𐮌》、エストランゲロ《ܢ》、アラビア《ن،ں》、ペルシア《ن》。
・s【S𐤎》】セムカス - アラム《𐡎》、ヘブライ《ס》、パルティア《𐭎》、パフラヴィー《𐭮》、詩編パフラヴィー《𐮍》、エストランゲロ《ܣ》、アラビア《س》、ペルシア《س》。
ʽO𐤏》】アイン - アラム《𐡏》、ヘブライ《ע》、パルティア《𐭏》、パフラヴィー《𐭥》、詩編パフラヴィー《𐮅》、エストランゲロ《ܥ》、アラビア《ع》、ペルシア《ع》。
・p【P𐤐》】ペー - アラム《𐡐》、ヘブライ《פ׀ף》、パルティア《𐭐》、パフラヴィー《𐭯》、詩編パフラヴィー《𐮎》、エストランゲロ《ܦ》、アラビア《ف،ڡ》、ペルシア《پ》。
C𐤑》】サーデー - アラム《𐡑》、ヘブライ《צ׀ץ》、パルティア《𐭑》、パフラヴィー《𐭰》、詩編パフラヴィー《𐮏》、エストランゲロ《ܨ》、アラビア《ص》、ペルシア《ص》。
・q【Q𐤒》】コフ - アラム《𐡒》、ヘブライ《ק》、パルティア《𐭁》、パフラヴィー《𐭬》、詩編パフラヴィー《𐮋》、エストランゲロ《ܩ》、アラビア《ق،ٯ》、ペルシア《ق》。
・r【R𐤓》】レーシュ - アラム《𐡓》、ヘブライ《ר》、パルティア《𐭓》、パフラヴィー《𐭥》、詩編パフラヴィー《𐮅》、エストランゲロ《ܪ،ܖ》、アラビア《ر》、ペルシア《ر》。
・š【Š𐤔》】シン - アラム《𐡔》、ヘブライ《ש》、パルティア《𐭔》、パフラヴィー《𐭱》、詩編パフラヴィー《𐮐》、エストランゲロ《ܫ》、アラビア《ش،س》、ペルシア《ش》。
・t【T𐤕》】タウ - アラム《𐡕》、ヘブライ《ת》、パルティア《𐭕》、パフラヴィー《𐭲》、詩編パフラヴィー《𐮑》、エストランゲロ《ܬ》、アラビア《ت،ٮ》、ペルシア《ت》。

ˈˈ《〓》】小縦線 - 書物パフラヴィー文字の翻字に用いる。日本語の“送り仮名”に当たる用法で使用される。

別表記

原則的にセム系諸語ラテン文字転写・翻字に合わせたり、中期ペルシア語ラテン翻字に合わせたアラメオグラム表記です。

ʼʾ𐤀》】アーラフ - ライトハーフリング。
ʼʼ𐤀》】アーラフ - アポストロフ。日本の言語学で用いられる。
hH𐤄》】ヘー - この場合、ヘースは《》に置き換えられる傾向が多い。
h𐤄》】ヘー - 小文字は《》。大文字はユニコードに採用されなかったため、マクロンビローとの合成で示す。この場合、ヘースは《H》となる。
𐤇》】ヘース - 本来の大文字。この場合、ヘーは《H》に置き換えられる傾向が多い。
X𐤇》】ヘース - ソグド語表記用。この場合、ヘーは《H》に置き換えられる。
𐤈》】テース - 本来の大文字。
ʽʿ𐤏》】アイン - レフトハーフリング。
ʼʽ𐤏》】アイン - 左右逆のカンマ。日本の言語学で用いられる。
𐤑》】サーデー - 本来の大文字。アラメオグラムの《C》は本来、ギメル𐤂》がルーツのため異なる字源であることから、本来の表記に戻したもの。

ˈ'《〓》】アポストロフィー - 書物パフラヴィー文字の翻字に用いる小縦線《ˈ》の代替表記。本来の字形の《ʼ》と混同されやすい。
ˈ《〓》】サルティーリョ - 書物パフラヴィー文字の翻字に用いる小縦線《ˈ》の代替表記。小文字は《》。

一例

アラメオグラムの隣は対応するアラム語フェニキア文字です。

・【BBA𐤁𐤁𐤀〉】「門, 扉《🚪》」……パフラヴィー語/dar/[ダル]。
・【BYN𐤁𐤉𐤍〉】「~の中に」……パフラヴィー語/andar/[アンダル]。
・【BYRH𐤁𐤉𐤓𐤇〉】「月《🌙》」……パフラヴィー語/māh/[マー]。
・【BYTA𐤁𐤉𐤕𐤀〉】「家《🏠》」……パフラヴィー語/xānag/[ハーナグ]。
・【CBW𐤑𐤁𐤅〉】「物, 物質; 事柄」……パフラヴィー語/xīr/[ヒール]、パルティア語/īr/[イール]。
・【LHMA𐤋𐤇𐤌𐤀〉】「パン《🍞》」……パルティア語/nān/[ナーン]。
・【MLKA𐤌𐤋𐤊𐤀〉】「王」……パフラヴィー語/šāh/[シャー]
・【MN𐤌𐤍〉】「~から」……パフラヴィー語/az/[アズ]。
・【MWN𐤌𐤅𐤍〉】「誰」……パフラヴィー語/kē/[ケー]。
・【W𐤅〉】「~と, 及び」……パフラヴィー語/ud/[ウド]。
・【Y〈𐤉〉】「~の」……パフラヴィー語/-ī/[イー]。
・【YDE𐤉𐤃𐤄〉】「手《✋》」……パフラヴィー語/dast/[ダスト]。
・【ZNE𐤆𐤍𐤄〉】「これ」……パフラヴィー語/ēn/[エーン]、パルティア語/im/[イム]。
・【ZWZN𐤆𐤅𐤆𐤍〉】「ドラクマ」……パフラヴィー語/drahm/[ドラハム]。
・【ŠM𐤔𐤌〉】「名前《📛》」……パフラヴィー語/nām/[ナーム]。
・【ŠME𐤔𐤌𐤄〉】「名前《📛》」……パルティア語/nām/[ナーム]。
・【ŠPΘ𐤔𐤐𐤈〉】「裁く《🧑‍⚖️》」……パフラヴィー語/dādwar/「ダードゥワル」。

参考資料

・河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄・編著『言語学大辞典(別巻)世界文字辞典』(三省堂)
・Peter T.Daniels, William Bright・編/矢島文夫・総監訳『世界の文字大事典』(朝倉書店)