田代くるみ▼Qurumu

宮崎でQurumuというコンテンツプロダクションをやっています。都城泉ヶ丘高→早大→編プロ→フリーライター→Qurumu。仕事はライティングからラジオパーソナリティ、ひなた宮崎経済新聞編集長まで。DJ KURVMIとしても活動中

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最近の記事

スナックの追憶

 ええ、そうです。  今、齢三十になり、ようやく山口百恵の詞の、そのかけらほどの意味を、ほんの少しではありますが、この未熟なあたまで理解ができるようになりました。  愛される意味、さようならの意味、生きる哀しみ、よろこび。  鈍いシルバーのマイクの持ち手が、ぬるい、塩気を帯びた汗にじんわりと湿るほど握りしめ、ところどころを心で歌唱するようになった。  このことこそ、わたしが大人になった、ないし大人になってしまった、証左なのかもしれません。 *  *  *  わたし

    • 彼女と資生堂、227番

      形の良い、私のそれより小ぶりな彼女のくちびるに、するり、するりと、リップブラシを滑らせた。ピンクブラウンのチークだけでは到底叶わない、血色と色気が、彼女の顔ににじんでゆく。資生堂の227番。鮮やかな深紅に、しんと冷える、12月の夜が始まろうとしていた。 *** 「化粧をしてみてよ、私に」 彼女からそう頼まれたのは、私たちふたりだけの忘年会の予定を立てていた時のことだった。普段あまり化粧気のない彼女は、はっきりとした目鼻立ちをしていて、あれこれとほどこさずとも凛とした顔を

      • 今年最後のなごり雪と私の小さな食堂

        春なんてものは、海の向こうの遠い国でしか出会うことができない、例えばオーロラのような、私たちにはこれっぽっちも縁のない存在だったのだ。 そう、思わざるを得ない日だった。 今日、3月21日、春分の日。東京は雪が降った。 春の足音どころか、気配すら感じられないこの日、私にはどうしても行かねばならない場所があった。今日はその話を記そうと思う。 *** その小さな食堂は、小田急線沿いの世田谷区、経堂という町にある。2012年の春、大学を卒業し、社会人一年目に私が住んだ町だ。

        • 3月25日のソニー・クラークと、プルースト現象

          耳にするだけで特定の情景をフラッシュバックさせる曲がある。 ジャズの名盤、ソニー・クラークの「クール ストラッティン」は、私にとってちょうど10年前の2008年3月25日の曲だ。 東京での暮らしがはじまったその日。あやふやな記憶を辿れば、外は小春日和であったと思う。路面を走る都電荒川線の西早稲田駅から徒歩1分。4月から通う大学にほど近い場所にあったそのマンションは、とても騒がしい新目白通りに面していた。 202号室には、まだほとんど何もなかった。あるのは、ベッドフレーム

          母体の目ざめ

          はぁ、はぁ、——もしくは、ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をするように、石油ストーブが音を立てて動いていた。エアコンには真似できない、人の体の、奥の、奥の、奥の方を温める風が、私の体温を上げていた。 まるで誰かに抱かれているようなぬくもりに、心地よく酔ってしまいそうになる。ふかふかの絨毯に横たわりながら温風に頬を撫でられていると、とても気持ちがよかった。私は気づくと、うつら、うつら、として、意識を、手、放して、い、った。 *** 徐々に意識が浮上し、目が覚めた。 しかし、いつの間

          涙があふれるほどの言葉に、出会ったことはあるか

          言葉の羅列で涙を流したのは、初めてだったかもしれない。 あえて「羅列」と書いたのは、その文章が、小説だとか、手紙だとか、そういった類いのものではなかったからだ。つまり、前後にストーリーがあったわけでも、書き手に思い入れがあったわけでもない。 その詩との出会いは、唐突だった。 私はそもそも、詩という文化そのものに関心はなかった。思考を停止させて、インターネットに体を委ねていると、ふとした時に目に飛び込んできたのだ。 三行目あたりで「あ、これはよくない」と気づいた。これ以

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          宮崎県美郷町のふるさと納税炎上から考える、140字の呪いと自治体の危機管理広報

          岡山での大切な友人の結婚式を終え、宮崎に戻る日曜の新幹線の車内でTwitterを眺めていると、このニュースの元ツイートが目に飛び込んできた。 内容としては、宮崎県美郷町にふるさと納税をしたツイ主が送られてきた返礼品を確認したところ、届くはずだった「宮崎県産黒毛和牛薄切り800g」はほとんどが脂身。家族でのすき焼きが台無しになったという旨のもので、「宮崎県美郷町のふるさと納税には気をつけた方がいい」という記述もあった。現在元ツイートは削除されているが、ツイートは投稿後あっとい

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          エッセイ / 温かくてさみしい、盆の送り火

          「視線を動かしている」と認識できるレベルの速度で、奥から手前へと鈍色の雲が流れてゆく。風が強い。時折、小さな雨粒が額を叩いた。こんなコンディションでは、きっと彼、彼女らも元の場所へ帰ることすら一苦労だろう、と思わざるを得なかった。 強風域を抜けたばかりの、まだ天の怒り鎮まらぬ空の下、久しぶりに盆を故郷で過ごした。台風10号と真っ向勝負してしまったことで、迎え盆は父がなんとか墓に線香をあげた程度。ろくに出迎えもせずに先祖を見送るのは忍びなかったが、我が家は本日、送り盆であった

          エッセイ / 温かくてさみしい、盆の送り火