映画の感想 - 関心領域
その稀有な題名と、事前情報で得た、アウシュビッツ収容所という文字列のみで鑑賞するに至った映画、「関心領域」。
スタッフロールが始まった時点では、先日の「ありふれた教室」並みに
「え
・・・！？」
だったが、映画館を後にして、歩きながら思考を巡らすうちに、じんわりと少しずつ理解が進んだ。
時は第二次大戦、あのアウシュビッツ収容所の最高責任者である司令官と、その家族の物語。
とはいえ、物語の冒頭は穏やかなものだ。
将校ということもあり、潤沢な資産を持つ主人公とその家族は行楽地や自宅で楽しそうに休日を過ごす。いっけん和やかに見えるが、観客の多くは大きな違和感を覚える。
庭だろうと建物の中だろうと、自宅の場面では常に周りから銃声や怒号、悲鳴が聞こえてくるからだ。遅かれ、全ての観客は嫌でも知ることになる。主人公と家族が暮らす家屋は、アウシュビッツ収容所のすぐ隣にあるのだ。
これ以上は、公式サイトに書かれていないので伏せておく。本作は、収容所の惨劇のすぐ隣で暮らす主人公と、その家族の日常の物語なのだ。
主人公は将校であるから、ユダヤ人狩りや、収容所で日々行われる、残虐な“処刑” に直接は関わらず、作中では具体的には描かれない。ただ淡々と、収容所での “業務” をこなし、さらに家族サービスも怠らない。銃声や悲鳴さえ聞こえてこなければ、収容所の隣とはとても思えないほど、穏やかな毎日。
舞台や登場人物、設定。作品を構成する要素のほとんどが初めて観るものばかりで、物語の先が全く読めない。おおむね平坦で退屈な展開なのに、片時たりとも目が離せない。
そして特筆すべきは、絶妙に調整された没入感。
先日の「あんのこと」や「ありふれた教室」はとてつもない没入感で、自分が完全に作品世界に入って登場人物の隣にいるかのような感覚を覚えたが、本作は違う。
没入感はあるのに、作品世界の中に完全に入り込む一歩手前で観ている感覚。登場人物の誰にも肩入れせず、また誰を憎むこともなく、ひたすらに物語の進行を追い続ける。ずっと鑑賞者でいられる安堵と、少しの寂しさ。作品世界に完全に入り込むことができなかったのに、鑑賞後もしばらくは思考が作品のことで埋め尽くされている。
昨今の邦画やドラマと違い、制作者が作品を以て伝えたいことを、登場人物の台詞でベラベラ解説したりはしない。観客それぞれが、その観察力洞察力思考力で結論を出せばいい、そういう意図が伝わってくる。
例によってまったく楽しくなく、観た後にスカッともしない作品なので、誰にも薦めずにいられる。