「愛唄ー約束のナクヒトー」を観て
久しぶりに邦画です。
中学生の時からGReeeeNが大好きで、気になっていたのでAmazon Primeで観ました。
今回私が考えたことは3つです
①何のために時間を使うのかを考える
②日常の小さな幸せやきらめきに気づくことができるようになる
③自分が楽しい時や嬉しい時は必ず人に支えられていることを忘れない
①主人公は余命宣告を受けていますが、延命するよりも過ごす時間の質を大切にしていました。これがとても印象的だった。誰と過ごしたいのか、何をしたいのか、これってどんな人でも共通で大事にすべきことだと思うんです。いつ、何が起こるかわからないのだから。今はただ、仕事の研修をお家で受けて1日が終わってしまっていますが、もっと大事にしたいことに向き合っていたいなと思います。だから、思っていることを後悔のないように伝えていきたいなと。
②息の仕方とか、愛するってことは誰からも教えてもらっていないかな、と映画を観て思いました。愛するとかって成長する過程で多くの人に愛されることで覚えてきたような気もしますが、これって人の中で生きるためにスッと身についてきたことで、普段は自分が何にときめくのか、何が好きなのか、誰が好きなのか、って逐一考えていないと思います。だけど、その自分がときめくものってきっと日常にあって、それを大事にしているだけで全然変わっていくものなのかなとも思います。好きなものは好きだと堂々と言えるようになりたいです。
③本当にこれ。誰かの気遣いのおかげで、誰かの努力のおかげで今の私の「楽しい」があることを自覚しなければと思わされました。誰もつらい思いをしていないかなど気を配っていなければ、周りの人の幸せにすることはできないのかなと。笑い飛ばすことが必要な瞬間、そうでない瞬間、身近にもあるんだろうな…と思います。テレビを見ていて長年疑問であった人を傷つけるお笑いはやはり、よくないような気もします。誰かの犠牲の上に成り立っている幸せって本当の幸せじゃないんじゃないかなって思ったからです。
すごく要約が難しい映画だったので、自分の感想だけ記念に書き留めておきます。
ちなみに、愛唄が本当に大好きで、特に「君の選んだ道は僕(ここ)でよかったのかなんてわからないけれど」の歌詞が大好きなんです。
大学時代3年間ほど片想いをした相手とお付き合いする運びになりました。
とても人気のある人だと思うし、尊敬している人です。だからこそ、その歌詞の通り、なぜ私なんかでいいのだろう…と思うこと多いです。ほぼ毎日考えています。
顔も可愛くない、化粧も上手ではない、家事も得意でない、賢くもない…
それでも私にしか出せないバリューを出して、誰よりも楽しい時間を過ごせるように精進していきたいなとは思っています。
自信はないけど、一歩ずつ友達とは違った距離を作っていけたらいいなと。
またそのことに関しては別で書きたいと思いますが、大事な人を想いたくなるようなこの映画、おすすめです。
是非ハンカチやティッシュをご用意の上ご鑑賞ください!