虹をかけるよ🌈💫
2014.06.03
「わっっっ!」
「……。え?なになにその顔、どうしたの」
「どうっ?」
「え、どうって」
どう言えば良いんだ、こういう時は。いったい僕を脅かしてきた彼女の身に何があったのか、まるでわからない。
僕の黒目にはっきりと映る、白塗りに真っ赤な口紅とオレンジのほっぺがついた彼女の顔。
「何か良いことがあって、そのお祝い…とか?」
「さっすがだねつむぎ君!やっぱりこの世のことは何でもお見通しだ」
僕の肩をバシバシと叩く彼女。
「いや、そこまでじゃないけど」
とにかく助かった。心が綺麗すぎる彼女のことを、僕はどうしても傷つけたくない。
「これから何する?お昼ご飯まで相当時間あるよ」
「いつものお花畑で、花冠作り!とか、どう??」
そう言って無邪気にはにかむ彼女の名前はすみれ、16歳。今日は真っ白のマキシワンピースを身に纏って、いかにもお花が映える装いだ。そして僕は黒ティージーンズ姿、名前はつむぎ。何の特徴もない話し方と性格である。彼女の親戚で、彼女より3つ年下だ。
「なんか今日は、普通だね」
「何でもないことを、してみたいの。だけど、今特別なことをしてみたい」
「なにそれ」
「へへっ。つむぎ君、空を飛ぼうよ」
こうして僕は翼を広げ、
彼女を背中に乗せて、空に虹をかけるように風を切り、お花畑へ向かった。
05.05
「ねぇすみれ。ここ、入る?それとも家帰る?ちなみにここはファミレス、って知ってるわな流石に」
「ファミレス?えっなにそれどんなところ?!」
「何故そんな食い気味??てかまじか。この世にファミレス知らない人っていたのね…」
がくっっと肩を降ろした、のが自分でもわかった。私には知らない場所が沢山あって、その度にみんなを落胆させてしまうから。
「可愛いじゃん、そういうところも」
「そしてあんたはほんっとにすみれのこと好きなのな」
私は今、まさし君と空ちゃんとファミレス、という所に来ているらしい。2人は私のお友達…、と言っていいと思う。
「で、どうする?すみれちゃん」
「えっと…」
昨日、まさし君に私のことが好きだと言われた。男の人のお友達ができたのは初めてだったから、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
そしてまた、心臓の音が速く強く、響く。どんなところなのかもわからないのに、行きたい気持ちが抑えられない。知りたい、沢山のことを、場所を。
「行き…たい」
「よし、決まり」
こんな景色、初めて見た。お友達と来たから一層に輝きを放って見える気がする。
「すごい場所だねっ、ここ!」
「いや、何が。普通の建物じゃん」
空ちゃんはいつも冷静で肝が据わっている。あたふたしてしまう私とは、かけ離れた存在だ。
「あ、ははっそうだよね…」
「すみれちゃんをいじめないでよ」
そして昨日お友達になったまさし君。…彼のことはまだよく、知らない。
「人聞きの悪い言い方しないで。だいたい私が普通であんたらが変なんだからね」
「普通の人は家にお帰りくださーい」
「サイッテー。言われなくても帰るわ!」
こうして私は、いつも人を怒らせてしまっている。私が普通の人が知っていることを知らないせいで、私がだめだめなせいで、みんなを困らせるんだ。
「2人とも喧嘩しないで。ごめんね、私が悪いの」
「違うよすみれ、こいつが悪いの」
だから私は、この日から心の中で自分のことを泉実さんと呼ぶことにした。すみれがだめだめでも、泉実さんはきっと素敵なはずだから。
「ただいま、お母さん」
「お帰り、すみれ。今日は遅かったわね」
「お友達と一緒にいたの」
「そう、楽しかった?」
そう言われてみると、よく分からなかった。空ちゃんが少し怒り気味だったから、まさし君に沢山お話してみたけれど、どれも上手く交わされるだけでつむぎ君のような返答は返ってこないし、終始私ばかりを見てにこにこ笑っていたのが不思議でならなかった。
「答えられないなんて珍しいわね。つむぎ君と遊んだ後はいっつもにこにこ笑顔なのに」
つむぎ君は頭が良い。この一言でまとめて良いのかわからないけれど、すごく達観して物事を見つめている人だと思う。だから彼といると新しい発見が沢山あって、すごく心が弾む。
ー泉実さん、今日は楽しかった?
心の中で問いかけてみるが、分かるはずもない。つむぎ君なら、今の私の気持ちをどう説明してくれるんだろう。彼とは会ってたくさん遊んでお話しするけれど、電話をしたことはない。一度かけてみよう。
「あ、えっともしもしつむぎ君…?」
「どうしたの、お姉ちゃん。電話なんて珍しい」
「胸の音が聞こえるの、ドクンドクンって。これ、なに?」
「…。それは……、緊張してるんじゃないの?それか何か嫌なことがあったとか」
「やっぱり、そうだよね…!あっじゃあ私を見てにこにこ笑うのって「それは」」
「それは、愛想笑いだ。普通人に対してしかめっ面をしたら失礼になる。だから笑うしかないんだよ」
「ああ、そっか…。そうだよね…あっ、あとね」
「お姉ちゃん」
「ん?」
「今日最後の質問だよ、それが」
「分かった。んー、何にしようかな」
最後ならきっと、質問より嬉しい報告の方が良いだろう。
「昨日ね、まさし君っていうお友達が出来たの!男の人のお友達は初めてでしょう??それに私のことが好きだって言ってくれて…」
「質問じゃないなら、切るよ」
「あっうん、ごめん!」
明らかに私の話を遮ったのが分かった。彼が喜んでくれるはずだったのに、また失敗してしまった。今日は人生で、1番最悪な日だ。泉実さんならどうしたんだろうか。私はまだ、すみれのままだ。
ー胸の音が聞こえるの、ドクンドクンって。これ、なに?
彼女の言葉が頭から離れてくれないせいで、今夜は眠れそうにない。
それは間違いなく、彼が君に恋してるんだ。そう、言えなかった。なんだ、この胃がムズムズしている感じは。
ー質問じゃないなら、切るよ。
そう言って彼女を突き放した。彼女との初めての電話を、僕が台無しにしてしまったんだ。こんなはずじゃなかったのに。そうして彼女から、"好きだ"と言われたと言う話を聞いて、すぐに動揺した。
彼女はまさしという人に告白されたとは知らない。だって彼女は普通の人が知っているようなことを、まるで知らないから。
05.11
少し前につむぎ君が怒って電話を切って以来、私の気持ちは沈んだままだ。
「どしたのすみれ。明らかに顔色悪いよ?」
ー空ちゃん、ごめんね。私のせいできっと、いつも大変な思いをしてるでしょ。いや、違う。ごめんねを言うのは泉実さんも同じ。何でも泉実さんのせいにして、泉実さんのこと傷つけちゃった。こんな私って、ほんとだめだ…。
「今日は私、一人で帰るね…」
「ん、気をつけて帰りなよ」
一度、1人になりたかった。こうして私は、学校帰りに一人彷徨い、いつしかとあるお花畑へと辿り着いた。
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