実話怪談 鍵
会社員のTさんの悩みは、30後半なのに結婚できそうにない事、昇進のめどが無さそうな事など、枚挙にいとまが無かった。毎日が辛く、時折自殺を考えてしまうほどだった。
ある日、Tさんはいつものように会社から自宅のアパートに帰って来た。カバンの中身を整理していると、見覚えのない鍵が出てきた。鍵の先にプラスチックの棒が付いており、そこには402と書かれていた。ホテルのルームキーのようだとTさんは思った。ただ彼は、最近どこにも宿泊してはいなかった。
「誰かの私物かもしれないな。明日会社で聞いてみるか」
Tさんはそう思い、その日はそのまま眠った。
気づくと、Tさんはどこかの薄暗い廊下にいた。辺りには誰もおらず、切れかけている蛍光灯のジーという音だけが聞こえてくる。そばには木のドアがあった。ドアの上部には402と書かれている。ドアノブをひねってみるが、鍵が掛かっているようだった。
ふと、自分の手の中にあの鍵が握られていることに気づいた。
「402」
そうか、ここの鍵だったのか。
「……と……ん」
ドアの向こうから誰かの声が聞こえた。Tさんは耳をドアに付けた。
「おとうさん、早く来てよ」
男の子の声だった。Tさんは、これは自分の息子だとなぜか確信した。
「あなたー、何してるの?」
ああ、妻もいる。
Tさんは鍵を開けようと思った。
こっちに無いものが、あっちには全てそろっている。こんな惨めな人生じゃない、素晴らしい人生だ。Tさんの目には涙が滲んでいた。持っていた鍵を取り落としてしまう。
拾おうと屈んだときに、再び声が聞こえてきた。
「おお、オとうさァーーーーーん」
酷くしわがれた声だった。先ほどとは似ても似つかなかった。
ガチャ。
ドアノブが回される。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……。
Tさんは鳴り響く音に耐え切れず、耳をふさいだ。
Tさんはベッドの上にいた。どうやら夢だったようだ。全身に冷汗が流れている。
ガチャ。
いま、誰かがドアノブを回したのか。
ガチャガチャガチャガチャ……。
Tさんは鍵が壊れてしまわないか心配だった。恐怖から、蒲団を被る。彼は、音が過ぎ去る事をただ祈っていた。
Tさんはここまで話した後、ふと思い出したように最後にこう付け足した。
「そういえば、あの鍵、402だったでしょ。私のアパートの部屋番号は204なんです。なにか、暗示的じゃないですか?」