実話怪談 数列のカイ

 会社員のKさんが仕事を終えて、家に帰って来た。時刻は夜の八時。帰り道スーパーで買った弁当を食べた後、風呂に入る。Kさんは風呂が好きだった。会社でどんなに嫌なことがあっても、入浴すればスッキリできた。湯船に浸かっていると、ふと視界の端に動くものがあるのに気づいた。
 もしかして、ゴキブリか? 嫌だな。
 赤く、細い何かが壁際で動いていた。近づいてよく見ると、それは数字だった。3.141592……。まるで指で書かれているように見えた。
 何でこんなものが? しかも円周率?
 数字はみるみる増えていく。あっという間に壁を埋め尽くす勢いで数字は増えていた。
「ひっ」
 Kさんは急いで風呂から出た。翌朝、恐る恐る風呂の中を見ると、数字はさらに増えていた。浴槽の縁、そして天井にも数字が書かれていた。書く場所が無くなったためか、もう増えてはいなかった。Kさんはシャワーで湯を数字にかけた。数字は溶け、赤い液体が排水溝に流れていった。
 翌日、その翌日もKさんが風呂に入っている時に数字は現れた。Kさんは数字が怖く、入浴をせずに急いでシャワーだけ浴びて出る日が続いた。

 ある日の早朝、友人が家に来た。
「おう……。二日酔いや、風呂かして」
「え、でも風呂は今」
「汚いんか? 全然良いって、気にしやんから……」
 そう言って、勝手に風呂に行った。浴槽に湯をためる音が聞こえてくる。Kさんはさっき数字を洗い流したところだった。しかし不安になる。
 あいつが風呂に入っている時に、また出てきたらどうしよう。
 しばらくして、友人は何事もなかったかのように風呂から出てきた。
「数字は出なかったのか?」
「出たけど、ちょちょっとやったら止まった」
 何をちょちょっとしたのだろう? Kさんは気になって風呂の中を見た。壁にはこうあった。

3.14159265358979
=π

「止めようと思って俺が下に書いたんや」
 友人はそう言った。

 それから数字が出てくることは無くなったそうだ。

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