実話怪談 あったのかもしれない

 フリーターのSさんは地元の祭りに来ていた。毎年8月になると行われるものだ。はしゃぐカップルや子供たちが夕日に照らされている。夜に上がる花火が目玉だが、夕方の今でも大勢の人が会場にいた。Sさんもその人混みの中を歩いていた。
「みんな楽しそうだなあ」
Sさんは祭りが大好きというわけではなく、暇をつぶすために来ていた。
浮かれた空気の中一人冷静な自分。Sさんは自分がここにいるのは場違いなのではないかと思い始めた。せめて友達や彼女と一緒に来ていれば……。しかし友達とは疎遠になっていたし、彼女もいなかった。
 彼女。Sさんは昔の交際相手の事を思い出す。高校生の時に出来た彼女。この祭りに行く約束をしたことがあった。しかし結局行かなかった。喧嘩別れをしたのだ。
 夕日が沈み始め、辺りが暗くなった。人々の顔に影が掛かる。その時、Sさんはふと前を歩く少年が気にかかった。

 この子、やけに旧式のウォークマンを使っているな。あれは確か、俺が子供のころくらいのヤツだ。

「おーい、こっちこっち」
 少女の声が聞こえた。少年はそちらを向き、手を振りながら近づいていく。
 カチッ。
 辺りに付けられている提灯に明かりがともった。カップルの顔が照らされる。
 そこにいたのは高校の時の自分と彼女だった。二人はそのまま手を繋いで歩きだすと、人混みの中に消えてしまった。
 ああ、そんな未来もあったのかもしれないな。
 Sさんはそう思った。

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