実話怪談 カブトムシを取りに
Yさんが小学生の時の話だ。当時学校ではカブトムシが流行っていた。クラスではいつもその話題が飛び交っており、Yさんも捕まえてみたくなった。友人に捕まえ方を聞くと、バナナと焼酎で作ったミツを木に塗っておけば良いのだそうだ。
「でも学校の裏の森なんてダメだぜ。みんな狙っているからな。人の仕掛けにかかったのを取るヤツもいるし」
Yさんの頭には、町はずれの森が思い浮かんだ。そこは立ち入り禁止地帯なのだ。あそこならきっと取れるはずだ。Yさんはそう考えた。
張り巡らされている金網を乗り越えて、森の中に入る。生い茂った葉は、太陽の光をさえぎってしまっていた。遠くからセミの声が聞こえる。Yさんは肌寒さを感じた。
しばらく歩くと、やけに目につく一本の太い木があった。別段変わった点は無いのだが、なぜか惹きつけられる。この木なら取れる気がする。Yさんは幹にミツを塗った。
だが上手く行かなかった。翌日の早朝に見に行ったものの、オスのカブトムシは一匹もいなかったのだ。何度も試したが、結果はいつも同じだった。
しかし奇妙なことにメスのカブトムシはいるのだ。ただオスだけがいない。ふと、Yさんの頭にある考えがよぎった。
誰かがオスだけ取ったんだ。あの森に、僕以外にもカブトムシを狙っている人がいるんだ。
Yさんは仕掛けを早朝ではなく、夜に見に行くことにした。取られる前に、カブトムシを捕まえられるかもしれない。
Yさんは夜11時ころ、仕掛けを見に行った。懐中電灯の光の中に、Tシャツの模様が浮かび上がる。木のそばに誰かがいた。
自分と同じくらいの背丈の男の子。幹の方を向いているので顔は分からない。その手にはオスのカブトムシが握られている。
あいつがカブトムシを取ってたんだ。
ただ、奇妙な点があった。その子は虫カゴも、それに懐中電灯すらも持っていないのだ。
暗闇の中で、しかも手づかみでカブトムシを持って帰るつもりなんだろうか?
すると、その子はカブトムシを脇に投げ捨ててしまった。そして一心不乱に幹に何かをしている。ふと動きを止めたかと思うと、こちらを振り返った。
子供ではなく、老人だった。にたりと嫌な笑い方をしてこちらを見ていた。その口周りでは、べったりと付いたミツが光を反射していた。
Yさんは一目散に家へ逃げ帰った。
「あの時の老人の目が忘れられないんですよ。白目が無かったんです、黒一色で。まるで虫みたいでしょう」
Yさんはそう語った。