実話怪談 赤いマニキュア
フリーターのKさんが、肉屋で働いていた時の事だ。Kさんはスライサーという、肉を切る機械を使っていた。スイッチを踏むと、刃が動き、肉を切ることが出来るのだ。ずっと立ちながらの作業になるため、仕事が終わるといつも疲労していた。
職場の雰囲気は悪かった。女性の多い職場で、しょっちゅう陰口が聞こえていた。
肉体的、精神的な点からKさんは仕事を辞めようかと思った。しかし、お金に困っていたため我慢してそこで働いていた。
その日は、特売日だった。客足は増え、Kさんが作った商品も並べているうちから売れていく。忙しすぎて、お昼休憩どころかトイレにすら行けなかった。
ずっと立ちっぱなしでの作業で疲労がたまっている。その上の空腹。Kさんは意識が朦朧としてきた。
動き続けるスライサーの側に手を持っていく。切られた肉を取り、トレーに入れる。その作業をただひたすら繰り返す。
うううううん。
うううううん。
スライサーの音が作業場に響き渡る。
その時だった。視界の端からにゅっと手が伸びてきた。爪には赤いマニキュアが塗られている。手はKさんの腕を掴んだ。そのまま刃に持っていこうとする。
「えっ」
Kさんはとっさにスイッチから足をどけた。自身の指が刃に触れる寸前で、止まった。誰かの手がKさんの腕を離した。
「誰?」
振り返ったが、背後には誰もいなかった。いつものように他の人たちが各々の作業をしているのが見えるだけである。
まさか、今の一瞬で自分の作業に戻ったのだろうか?
そう考えると、全てが怪しく見えてきた。Kさんは疑心暗鬼に駆られた。
もし、少しでもスイッチを離すのが遅ければ自分の指は……。
Kさんは怖くなった。しかし仕事は続けなければならない。気を張り詰めながら、定時まで肉を切り続けた。
定時になり、仕事を終えたKさんは更衣室にいた。私服に着替えながら、 さっきあった事を思い出す。
誰なんだろう、あのマニキュア。
そのとき、奇妙なことに気づいた。作業場では、衛生面から青いゴム手袋を付ける事が義務付けられている。つまり、赤いマニキュアを塗っていたとして、それが見えるはずがないのである。
じゃあ、あれは一体?
ふと、シャツを脱ごうと触れた指先に冷たさを感じた。
見ると、血が、指の形にべったりと付いていた。
Kさんはこの仕事を退職した。その後、噂ではあるが、あのスライサーは買い替えられたそうである。