短編小説『とらたま日和〜見返り柳後日譚〜
割引あり
〈一〉
「なんとも…無愛想な面ァしてやがるな」
ワッチとあのダンナが初めて会った時、そう言ったのを今でも覚えてるんですよ。ワッチはそこいらの猫なんかよりは、ずっと賢いと言うんで通ってるんです。あん時のワッチは、
(なんでぇ…まずい面しやがって、ヒトの事言えんのか…)
大人気もなく毛を逆立ててみたもんです。
ワッチは後からんなって、「とら吉」と名前をつけられる、まぁ野良猫って人様は呼ぶ、そう言ったなりわいの風来坊だったんでさぁ。浅草寺の境内はワッチのシマ(縄張り)で、ごろついてたまにケンカしたりして好き勝手に生きてきた…筈なんですがね、そのダンナときちゃあこれがまた段々と馴染んできやがる…、こちとらトラ猫の…そういやぁ…名前なんてその時ニャア無かったんで。
毎度毎度、朝んなるとやって来て煮干しなんて安いもんで釣ろうとしやがる。初めはあんな憎たらしい事言うもんで、袖にしてやろうと思ってたんですがね、あんな強面のダンナが膝を折って屈んで煮干しをチラチラさせてると、まぁ…そのうち気になりやしてね。正直に言うと、ある時腹がへっちまってどうにもならねぇ日があったんで。そしたらあのダンナが傘持って歩いて来やがる。山門あたりの陰で休んでたワッチに傘を差し向けて、
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