【旅行記】流氷オホーツク

社会人になったばかりの頃、流氷を見たくなり、2月に有給休暇をとってオホーツク沿岸へ旅に出かけました。

飛行機で新千歳空港に着き、札幌まで出て、当時走っていた夜行列車の網走行きに乗り込みます。普通車の座席ですが、ディーゼルカーの振動と室内の暖房が心地よく、消灯してからすぐに寝込んでしまいました。

途中、ハッと目が覚めると、しばらく駅に停車しています。シンシンと雪が降っていて、窓からは冷気が伝わり、積もった雪の雪あかりは青白く、車内まで照らしていました。

途中の遠軽に4時に着き、私は下車しました。遠軽からは6時発の紋別行きのバスに乗ります。2時間ほど時間があり、駅の待合室で待つことになりました。幾分広い待合室には、ストーブが焚かれ、暖を取りながら夜明けを待っていました。

待合室には、夜行列車から降りた客も一人夜明けを待っているようでした。真っ赤なコートに身を包んだ女性でしたが、同い年くらいに見えました。特に会話もなく、二人で待合室の時間が過ぎていきました。

空がほのかに明るくなってきて、6時発の紋別行きバスが駅に到着しました。私はバスに乗りましたが、赤いコートの女性も後からバスに乗ってきて、離れた座席に座りました。地元の人でもないようだし、彼女のことが気になりつつ、バスは紋別に向かって走り始めました。

雪の積もった原野にまっすぐな道がひたすら続き、バスは実直に、道の上を走っていきます。朝日が差し込み、眩しいばかりの北海道の真冬の景色をずっと眺めていました。

バスが終点の紋別に着きました。紋別はオホーツク沿岸の町で、流氷の町としても有名です。結局、始発から終点まで、乗客は私と赤いコートの女性2人だけでした。

バスを降りる時に、赤いコートの女性が運転手に運賃を払おうとしていたのですが、なにかもたついているようです。思わず声をかけようかどうしようかと迷ったのですが、彼女に声をかけないまま、自分の運賃を支払って、私は先に降りてしまいました。

海中展望台という施設があり、そこから間近に流氷を見ることができるということで、海中展望台に歩いていきました。そこで、人生で初めて流氷と出会いました。海が果てしなくどこまでも白く凍っています。波音や波飛沫もなく、空まで白くなり、無音でモノトーンのみの世界に圧倒されました。

展望台は海中も眺めることができるようになっていて、分厚い氷に覆われた海面下は、幾分暗いのですが、魚やクリオネが泳いでいて、海自体は生きているんだと少し安心しました。

海中展望台を出て、振り返ると、展望台の上に赤いコートの女性が一人、流氷を眺めていました。それは、モノトーンの世界に、一点の赤が鮮やかに色を穿つようにさえ思えました。彼女は、流氷を見て、何を感じているのだろうか、彼女の旅は、何処へ向かっているのだろうか。私は彼女のことがとても気になりました。彼女も旅を続けるに違いない。今度会ったら、声をかけようと、そう決めて町に歩き始めました。

バスターミナルは、町の中心にありますが、バスの本数もそれほど多くなく、旅行者の行先も限られています。私は、紋別から路線バスを乗り継ぎ、稚内までオホーツク沿岸を北上する予定にしていました。午後に稚内まで乗り継げるバスがあり、バスターミナルで待つことにしました。彼女も、バスを乗り継いで旅を続けるに違いない、ひょっとしたら、同じバスでオホーツクを北上するかもしれない、行先が違ったとしても、お互いの旅について、言葉を交わしたい。そんな期待を寄せて、カロリーメイトをかじり、熱い缶コーヒーを飲んで、ベンチでバスを待っていました。

13時に乗るバスがバスターミナルに到着しました。彼女は、バスに乗ってくるだろうかと、待っていました。しかし、出発時間となり、バスの扉は閉まり、私一人だけを乗せて、バスは走り始めました。

急に天候が悪くなり、吹雪が、バスを叩きつけ、ホワイトアウトとなり、視界が全く見えません。このバスは安全に走行できるのか、いささか不安になりましたが、運転手は慣れたもので、表情ひとつ変えず、ハンドルを握っています。興部、雄武、北見枝幸とバスを乗り継ぎ、神威岬に差し掛かる頃、すでに陽が沈む直前で、全てが灰色となり、この世の果てのような光景に畏怖さえ感じました。暗い流氷の海に、一瞬のうちに氷を切り裂いて視界を横切って消えたのはクジラ。あれは、潜水艦だったのか、幻だったのかは、いまだにわかりません。

夜になり、浜頓別に着き、セイコーマートの明るい光が見えたときには、どんなにホッとしたことか。浜頓別から稚内へのバスに乗り継ぎ、外は吹雪でしたが、真っ暗な頓別平野をひた走り、疲れもあって眠ってしまいました。終点稚内には、22時頃に到着しました。流氷のオホーツクを北上し、私は最北端の町までたどり着きました。

もし、運賃箱のところで、赤いコートの彼女に声をかけていたら、旅の行先は変わったかもしれないし、旅情に彩りを添えてくれたかもしれないし、ひよっとすると、私の人生になにかしらの変化があったのかもしれないし、なにもなかったかもしれません。今頃彼女はどうしているのでしょうか。

北海道は大好きで、友人や家族とも何度も旅しましたが、この一人旅は、特に思い出深い旅でした。

(おしまい)
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