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スカイ・ダスト ~日本沈没から10年後の世界~ 第二話

「俺に戦闘機を乗り回せって言うのか?」
「あれだけのドラテクを持ってるんだ。タクシー運転手なんかで腐らせるのはもったいない」
「その発言は職業差別にとられかねないぞ」

 足元で、蟻が呑気に餌を運んでいる。
 鳩原は蟻を羨ましそうに見る。

「まったく……冗談じゃない。殺し合いなんかごめんだね。俺は平穏な日常ってやつが好きなんだ。それに車を乗りこなせたからって、戦闘機も乗りこなせるとは限らないだろ」

 鳩原はそう言って場を離れようとするが、

「故郷に帰りたくはないか? ジャパニーズ」

 鳩原は立ち去ろうと踏み出した足を止める。

「WSPの本部は日本にある」
「……日本のだろ」

 日本は沈没した。災害によって、成す術なく沈んだ。
 だが現在、日本の関東地方は重力制御装置により海より引き上げられ、空に浮かんでいる。

 空中都市ジャパン。そしてそのジャパンの地にWSPの本部はあるのだ。

「日本は沈んだんだ。もう……ないんだよ」

 鳩原はイギリスに留学していたため、日本沈没に巻き込まれずに済んだが、それでも両親と妹、そして故郷を失っている。
 他国の人間に好き勝手に改造された日本を見るのはむしろ苦痛だろう。

「父親は津波に巻き込まれて死んだ。母親は崩れる建物にし潰されて死んだ。妹は……救助に来たとうそぶいた外国人の船で攫われ、暴行されて死んだ。家族も家も、好きなお笑い芸人も行きつけの定食屋も母校も初めて告白した公園も振られて涙を流しながら叫んだカラオケボックスも! ――あそこにはない。あそこは俺の故郷じゃない」
「あーあ、嫌だねぇ。辛気臭い」

 ため息をつくトキ。

「ジャパニーズってのはみんなこうなのか? 陰気臭くて後ろばっか見てて鬱陶しい。コミックやアニメーションの中のジャパニーズは格好良かったんだけどなぁ」

 トキの態度に鳩原は一瞬ムッとなるが、すぐに『何をムキになってるんだ』と自分に呆れ、溜飲を下げる。

「とにかくお断りだ。俺はタクシー運転手に戻る。この職業を気に入っているしな。事情聴取するなら簡潔に頼むよ」
「わかったよ。とっとと済ませて、とっととお別れ――」

 ブォン。
 戦闘機が発進した音。
 トキはその音が仲間のオストリッチの愛機の音だとすぐにわかるが、同時に違和感を抱いた。

「おい、アレはお前の仲間の機体だよな?」

 鳩原は橋からこっちに向かってくる戦闘機を指さして言う。

「ああ……だがおかしいな。アイツがあんなに汚い音を鳴らすはずがない」

 機関銃の銃口が鳩原達に向く。
 同時に、トキの耳に掛けた無線機から焦った声が響く。

『やっちまったぜトキ! 護送しようと銀行強盗の野郎をビルドに乗せようとしたら、チンコ蹴られてその隙にビルド奪われちった!! ……後でハンバーガー奢るから何とかしてっちょ☆』
「……ポテトとコーラ、どっちもLargeラージで付けろよクソ野郎!!!」

 トキは鳩原に飛び掛かる。
 機関銃が連続した射撃音と共に銃弾を放つ。トキは鳩原を突き飛ばし、共に川に飛び込んだ。

「……ぼはっ!」

 川に落ちた鳩原は水中でまず自分の体に銃弾が当たっていないことを確認。
 次にトキを見る。トキは……右肩に銃弾を受け、血を流していた。

「おばえっ!(お前!!)」
「……ひぐっだ……!(しくった)」

 鳩原はトキを抱き、耳を澄ます。
 戦闘機のエンジン音が遠ざかっていくのを確認。鳩原はトキを抱えたまま上昇し、川から顔を出す。

「ぶはっ! おい! 大丈夫かお前!!」
「いだああああああああああああいいいいいっっ!!」

 トキは両目から涙を流し、泣き叫ぶ。
 『こんなの掠り傷だ』とでも言われると思っていた鳩原は呆気にとられる。

「……肩撃たれるのってこんな痛いのか……クソ……許さねぇぞあの銀行強盗。あとオストリッチ……!」
「よ、よし。とりあえずすぐ救急車呼んで治療だ。あの銀行強盗は逃げたみたいだしな」
「……ふざけんな」

 トキは涙に塗れた瞳で鳩原を睨む。

「あの野郎をこのまま逃がすもんか」

 トキはビルドを呼ぶため、首に掛けた笛を鳴らす。

「一度格納庫に帰らせておいて良かった。もし上に置きっぱなしだったらアイツに破壊されてたからな」
「待て待て! ビルドを呼んでどうする!? お前、その傷じゃ動かせないだろっ! 上の奴に使わせるのか!?」
「あのバカに頼ってられるか。お前が運転しろジャパニーズ!!」
「はぁ!?」

 鳩原とトキは岸に上がる。岸に上がった瞬間、トキは鳩原の胸倉を掴み、詰め寄った。

「ビルドの搭乗経験はあるか?」
「武装したビルドはないが、武装なしのビルドなら免許持ってる。けど、免許取ったのもう5年も前だし、それ以来触ったこともないぞ!」
「十分だ! 私が後部座席から指示を出す! アンタは指示通りビルドを動かせ!」
「無茶言うな! アイツに追いつける自信はないし、それにお前……その傷はすぐに治療しなきゃダメだろ!!」
「――体の傷よりプライドの傷だ!」

 鳩原たちの背後に、イエローカラーのビルドが着陸する。

「乗れジャパニーズ……! アイツはこれまでの銀行強盗で20人はってる……! 80過ぎの婆ちゃんから6つのガキまでな……! 逃がすわけにゃいかないんだよ……!!」
「っ!!」

 覚悟を決めろ。と少女の目が訴えかけてくる。

 なんでこんなことに……鳩原は思う。

 日本が沈没して、絶望した10年前。
 当たり前の日常が、普通の暮らしが、普遍ではないと知った。
 それからは穏やかに日々を過ごすことに幸福を感じるようになった。多くを望まない。ただ普通に、当たり前に、他人からは退屈だと笑われてしまうであろう日々を噛みしめていた。誰にも迷惑を掛けず生きてきた。

 なのに……なのに……!

「……くそ……銀行強盗に襲われて、戦闘機に追われて、川に飛び込んで、小娘に理不尽な説教を喰らう……!! 散々だ……くそったれがぁ……!!」
「おい? どうしたジャパニーズ?」
「ジャパニーズと呼ぶな!! 俺は……28歳独身1人暮らし童貞交際経験なし! 趣味は観葉植物を眺めることと本を読むこと! 座右の銘は『当たり前に生きて当たり前に死ぬ』by俺! 嫌いなモノは整髪料を付けることを強要してくる会社! 忙しいが口癖の奴! 結婚=勝ち組だと思ってる輩!! 職業タクシー運転手のラーメン大好きの鳩原修二だ!!!」

 大声で叫び、鳩原は扉の開いた戦闘機に乗り込む。

「野郎のケツまで送り届けてやる! 1キロ100ドルなっ!!」

 トキは辛気臭さが無くなった鳩原に対し、「ははっ!」と笑う。

「……OKだハト」

 トキは後部座席に乗り込む。
 鳩原は全ての憎しみを逃げる銀行強盗に向ける。

「……これが終わったらチャーシュー麺にチャーシュー丼、それに餃子と生ビールも追加だ……!」


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