スカイ・ダスト ~日本沈没から10年後の世界~ 第三話
非武装のビルドは一般に流通されている。
ビルドを使ったタクシー業者や宅配便もあるし、撮影にも使われることがある。空中都市ジャパンにおいては自動車と同じ感覚でビルドが使われている。日本が海へと沈んだことで世界が空へと関心を向け始めたのだ。たとえ大地が滅んでも、逃げることができる空に……。
鳩原は今後ビルドが必須になる世の中が来るかもと思い、念のため免許を取っておいた。
まさかこんな形で役に立つとは思いもよらなかった。
鳩原は頭の中で教習本を捲り、手順通りにスイッチを押していく。
「キーは?」
「よっと」
トキが後部座席から身を乗り出し、鳩原の正面にある液晶画面にカードキーをかざす。するとビルドが浮き上がり、エンジンの鼓動が大きく響きだした。
「お客様、シートベルトを着用してください」
「あいよ。運転手さん」
イエローカラーのビルドが発進し、ブラウンカラーのビルド(オストリッチ機)を追う。
鳩原は液晶で自機から敵機までの距離を見る。
「距離3000(m)はあるぞ。追いつけるのか?」
「あっちは中装機でこっちは軽装機だよ。追いつける」
「ちゅうそうだのけいそうだのわからん」
「武装の量が違うんだ。こっちが短距離陸上選手ぐらいの軽装備なら、あっちは登山者ぐらい着こんでいる。速度差は明白だ」
トキの言う通り、みるみる距離は縮まっていく。
「なんだ、余裕で追いつけそうだな」
「いいかハト。ややこしいことは考えなくていい。武器とかを使おうと思うな。お前は操縦だけに集中するんだ」
「……どっちみち武器の使い方はわからないからな。でもそれじゃあの機体を押さえられないぞ」
「液晶の横に赤いボタンがあるだろ?」
「ああ」
「距離100m、直線で並んだ時にそれを押せ。それでケリがつく」
「赤いボタンを押すと何が飛び出すんだ? レールガンか? レーザービームか?」
「それは秘密。見てからのお楽しみだ」
トキは「にひひ」と笑う。
「……自爆スイッチじゃないだろうな」
距離400。そこまで近づいた時、敵機がこちらに気づいたような動きを見せた。
機体の上に付いたライフルのような長い銃身の銃が、自機に狙いを定める。
「なんか来るぞ!」
「問題ない。無視だ!」
銃口から真っすぐと――ビームが発射された。
ビームは自機ビルドから展開された薄緑の球型のバリアに弾かれた。
「なんだ今の!? なにが起きた!!」
「核熱砲を核熱遮断電壁が弾いたんだ。あの機体に搭載されているビーム兵器じゃ私の機体のシールドを突破できない。アレは爆撃機だからな。ビーム兵器はカスしかないんだ」
「……ちょっと待て。いまなんて言った?」
「だからあっちのビームは効かないって……」
「そうじゃない! いま、爆撃機って言ったか!? ってことは……!!」
よく見ると、敵機には合計4個のミサイルポッドがある。
鳩原は顔を真っ青にさせる。
「トキ! あの機体と通信を繋げられるか!?」
「できる」
「繋げてくれ!」
「無駄だと思うけどな」
トキは身を乗り出して液晶を操作し、敵機に通信を接続する。
「聞こえますか! 俺です! タクシー運転手の鳩原です!」
『んな!? 無理やり機体間の通話を接続しやがったのか!!』
「思い留まってください! これ以上抵抗すれば殺されますよ!!」
『やかましい! やれるもんならやってみやがれ! 言っとくが、俺はお前を殺すことに何の躊躇もないぞ! 裏切りやがったからなぁ!!』
敵機から小型ミサイルが発射される。数は24だ。
「交渉決裂……! やるしかないか!」
鳩原は機体の高度を下げ、ミサイルの弾道から機体を外す。だが、ミサイルは直線には動かず、ビルドを追うように軌道を変え追跡してくる。
「追尾型か!」
「熱誘導タイプだ。ビルドの熱源を追尾してくる」
「なにか対策は!?」
「ない。振り切るしかないな」
この時、トキは嘘をついた。
熱誘導タイプのミサイルの誘導を断ち切る方法はある。それはビルドから冷却ガスを纏うように噴出し、ミサイルのレーダーからビルドの熱源を隠すことで誘導を切る方法。
これをトキが言わなかった理由は2つある。
1つ目は冷却ガス噴出による速度低下。冷却ガスを纏うためにはある程度速度を落とさないとならない。ガスが風に流されてしまうからだ。速度を落とせばせっかく詰めた距離がまた広がってしまう。
2つ目は好奇心。トキは見たかった。鳩原修二がどうやってこのミサイルの嵐を掻い潜るのかを――
鳩原はパターンをとりあえず2つ考えていた。
1つ目は機関銃などの武装でミサイルを撃ち落とすこと。できれば最適だが、武装の扱いに慣れていないという理由で排除する。
2つ目は宙返りやエルロンロールなどの技でミサイルを振り切ること。誘導ミサイルとはいえ、急すぎる方向転換はできない。これらの技を何度か使えば振り切れるし、鳩原には成功させる自信があった。しかし鳩原はこの方法も排除する。理由は場所だ。ここは市街地の上。誘導を切られたミサイルがどこへ飛んでいくか読めない。
鳩原が選んだのは――3つ目の案。
鳩原は急降下し、速度を上げる。
「ロー・ヨー・ヨー(高度を犠牲に速度を上げる技)で振り切る気か?」
「違うさ」
鳩原が狙ったのは――先ほどのカーチェイスで利用した跳ね橋。
「さっきお前が飛び越えた橋か!!」
鳩原は高度を下げ切った後、機体を90度回転。その状態で上がった橋の周囲を回る。
誘導ミサイルは鳩原の機体を追うが、橋を迂回しきれず橋に激突。鳩原は橋を盾にミサイルの撃墜に成功した。橋は壊れてしまったが人命は1つも失わずに済んだ。
「よぉし!!」
「っ!!」
トキは唖然としていた。
誘導ミサイルを橋に当てるという案、それを実行させる度胸と技術。
天才と言われ続けていたトキでさえ、目の前の才能に驚かずにいられなかった。想像を超える天性の操縦技術。
「後は……!」
鳩原は機体を急上昇させる。
上に上に……雲より上に飛ぶ。
高度を上げたのは相手に自分たちの存在を悟らせないため。そしてロー・ヨー・ヨーを使うためだ。速度を完璧に乗せ、ミサイルを放つ隙すら与えず、距離を詰める。
「俺の平穏を――――返しやがれえええええええええええええええええぇぇぇっっ!!!!」
急降下しながら速度を乗せていく。
詰まっていく距離。敵機は距離300でこちらに気づくが、すでに手遅れ。ミサイルを発射する前に距離100mまで近づくことに成功する。
鳩原は機体を起こし、敵機と直線で並ぶ。
「ハト!」
「ぽちっとな!!」
赤いボタンを押す。
すると画面にパスワード入力画面が現れた。
「パスワードあるじゃないか!」
「忘れてた!!」
最大12桁のパスワード。入力欄には英語と数字と記号がある。
「パスワードは!?」
「0516! 私の誕生日だ!!」
「……絶対やっちゃダメなやつだろそれ」
鳩原はパスワードを入力する。するとアナウンスが機内に響いた。
『ナンバー226、黒筐武装“Ace Bird Attack”開放します』
鳩原は何が起きたかわからず、頭に?を浮かべる。
「なにが起きたんだ!?」
「黒筐武装っていう極小のブラックホールを内蔵する箱がウチらのビルドには組み込まれている。それが開放されたのさ」
「ブラックホール!? それが開放されると……どうなるんだ?」
「ブラックホールに収容されていた私だけの特殊武装が開放される」
2人の乗る機体ガシェットエース、その腹の部分に内蔵される黒い立方体の箱が弾ける。すると黒い塵が機体を覆い、様々な武装が突如として機体に装着された。
――高出力ブースター
――ダスト・フィールド
高出力ブースターは1コア且つ可動域が0なため直線しか動けないという弱点はあるものの、ビルドを3秒に限り3倍の速度にする。
ダスト・フィールドは触れた物質を全て塵にするシールドだ。重力制御装置の機能を拡張することで作り上げた重力場で物質を塵まで圧縮させる。
「ビルド周りに凄まじい力場が発生しているぞ!!」
「これが私のガシェットエースの必殺技、エースバードアタックだ!!」
破滅のシールドを纏ったビルドは敵機に高速で接近する。
敵機が新たに放ったミサイルも、弾丸も、何もかもがシールドに呑まれ塵と化す。
「いっけえええええええええええええええっっっ!!!」
重力の渦が敵機を丸呑みし、消失させる。
加速してから3秒でシールドは消失。高出力ブースターは機能停止。黒筐武装で展開した武装は黒い粒子に分解され、また黒筐武装に閉じられる。
「これなら撃墜した機体の破片が地上に落下することも無い」
塵しか残らなかった。
鳩原は武装ビルドの戦闘力を目の当たりにし、冷や汗をかいていた。空警だけは相手にしちゃいけない……と心の内で誓った。
――余談。
愛機が消される様を地上から見ていたとある黒人男性は1人涙を流していたという……。