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妹のフリして妹の友達とデートに行った結果、もろバレだった話聞く?

「ねぇお兄ちゃん、女装して私のフリして友達と映画見てきてくんない?」
「そんな無理難題を軽く頼むな」

 土曜の朝、リビングで優雅にコーヒーをたしなんでいた俺に、妹は謎の依頼をしてきた。

「その頼みを聞く気はないが、一応詳しい話を聞いておこうか」

 どういう経緯でそんな無茶なお願いに発展したのか興味はある。

「いやぁ実はさ、明日映画見に行く予定の友達さ、めちゃくちゃ男苦手なんだよね。お兄ちゃんも知ってるでしょ? 八十姫やそき 白雪しらゆきって子」
「ああ~。あの子か。小学生ぐらいの頃はよく家に遊びに来てたよな」

 小学生でありながら、その整った容姿に目を惹かれたもんだ。将来間違いなく美人になるだろうな~と子供ながら思っていた。
 いま俺は高校1年生で妹との歳の差は1つ。彼女は妹と同じ年齢だから中3か。さぞかし見目麗しくなっていることだろう。

「男と喋るのも触れるのも無理なんだけど、彼氏は欲しいっていう矛盾を抱えている悲しい子なのよ」
「ほうほう。それで?」
「だからお兄ちゃんが私のフリしてさ、普通にデートできたら……」
「異性に対する拒否感が薄くなると?」
「そうそう。そういうこと。成功体験って大事でしょ?」

 ハッキリ言って、なりすまし自体は不可能ではない。
 コンプレックスだからあまり言いたくないが、俺はちょっぴり女性寄りの顔立ちだ。俺と妹は兄妹でありながらよく似ている。
 身長は同じ。体型もそこまで変わらない。全力で化粧をして、肌の面積がなるべく隠れるような服装をチョイスし、マスクでもすればまぁ何とかなるだろう。

 だができるからと言ってやる気にはならない。白雪ちゃんには悪いが、女装して陽の下に出てやるほどの仲でもない。そこまで身を切ってまで、俺が白雪ちゃんに協力する義理は無い。

「断る。悪いが――」
「もしも上手くいったら、これあげるよ」

 そう言って妹が出したのはぬいぐるみ。俺の推しアニメ『ちいカモ(なんか小さくてカモなやつ)』の主人公である『ちいカモちゃん』のぬいぐるみだ。見た目は小さいカモで、素直でなんでも信じる性格。その性格のせいでいろんな詐欺師に騙されておりいつも泣いている。その不憫さがとてもキュートなキャラだ。

「ちいカモちゃん……! しかもそれはゲーセンの景品でしか手に入らないやつ!!」

 小遣い全消費しても手に入れることができなかったブツだ!

「この前ゲーセン行った時、これお兄ちゃんが好きなやつだ~って思ってさ、挑戦してみたら一発でゲットできたんだ~。どう? やる? やらない?」
「やります」

 こうして、俺の妹なりすましデートが確定した。

 --- 

 来たる日曜日。
 俺は待ち合わせ時間より30分早く、待ち合わせ場所の駅前、犬の銅像の前に立っていた。
 まだ5月だが、長袖のセーター、ジーパン、妹から借りた帽子、マスク、と完全な装備。化粧も妹の手を借りて念入りにやったし、隙はない。

 ちょくちょく男子の視線を感じるな……気色悪い。妹はまぁ、それなりにモテるからな。妹に似せたら視線を集めるのは当然か。

 っと、そんなことを考えていたら、俺とは比にならないレベルで視線を集める女子が現れた。

 光沢さえ見える銀色のセミロングヘアー、中学生にしては大きな胸、細い腰つき、目を奪うスカート下の生足。

――八十姫白雪。

 そ、想像を遥かに超える成長をしている……! モデルみたいだ。

「お待たせ。珍しいわね、しずくが先に居るなんて」

 雫とは俺の妹の名だ。

「まぁね。たまにはね」
「ところで、その格好は何? マスクで、しかもそんな暑そうな恰好……」

 白雪ちゃんは黒のキャミソールに白のスカート。俺の格好に反して涼し気な格好である。

「ちょ、ちょっと風邪気味でね。ごほっ! ごほっ!」
「風邪気味? それで声も変――」

 白雪ちゃんはパチパチと二度瞬きすると、なぜか口元を笑わせた。

「白雪……?」

 やばい、バレたか? いや、バレたならもっと大きなリアクションするよな……。

「いえ、なんでもないわ。行きましょう。雫」
「う、うん」

 大丈夫、やっぱりバレてない。
 俺の女装は完璧だ。それはさっきの男子達の視線が証明している。自信もっていこう。

「それじゃ、まずは映画館だね」
「そうね」

 映画館のあるショッピングモールに向けて歩き出した時――白雪ちゃんの柔らかい手が俺の手を包み込んだ。

「はわっ!?」
「どうかした?」
「えっと、手、繋ぐの……?」
「ええ。いつもそうしてるじゃない」

 そうなの!? 女子ってそんな感じなの!?
 手の手入れはしっかりしてある。毛一本ないし、妹になんか塗りたくられてスベスベになってる。俺は指も細いし、大丈夫なはず。

 それにしても……恋人繋ぎでショッピングモールを歩くのは恥ずかしいな。今時の女子中学生にとってはこれが普通なのか?

「雫、広がり過ぎよ。もっと近づいて」
「りょ、了解!」

 白雪ちゃんが身を寄せてくる。 

(うぐっ!?)

 白雪ちゃんが身を寄せてきたことで、肘に白雪ちゃんのたわわなOPが当たる。

 表面の硬い感触――これはブラか、ブラなのか!? 

 それに、白雪ちゃんの髪から良い香りが……! なんだろうこの香り。花だ。よくわからないけどきっと貴族がでるような高貴な花の香りだ!

「雫、なんだか姿勢が前のめりになってるけど大丈夫?」
「だだだ、大丈夫! 一切問題なし!」

 落ち着け俺! この格好でもっこりしたら大問題だぞ! いやこの格好じゃなくてもアウトだけども! 今日は女性物の下着にジーパン、股間部分に余裕のない格好だ。鎮めなくては……!

 それから何とか平静を保ち、女子中学生が好きそうな甘ったるい恋愛映画を眠気を堪えながら見て、映画館を退出。
 後は昼食を食べて解散……という予定だ。ネタバラシは後日妹がやることになっている。

「正直、あまり面白くなかったわね」
「えっ? そうかな?」
「全部主人公とヒロインが中心に回っている感じが癪に障るというか……あんな都合よく話が進むのが不自然だったわ。主人公の家の借金問題を宝くじで解決とか、ヒロインの不治の病を愛の力で解決とか馬鹿らしい」
「うん! うんうん! 私もそれは思った! もうちょっと説得力は欲しいよね。尺が足りない感じがモロに出てた」
「ええ。でも……」

 白雪ちゃんはポッと、頬を赤らめて、

「……全部の問題が解決して、2人で手を繋いで駆け出すシーン……ああいうのは、憧れる、かも。唯一褒められるのはあのシーンだけね」

 へぇ、意外に乙女な部分があるんだな。結構お堅いイメージだったけど。

(そういや、男は苦手だけど彼氏は欲しいんだっけ。いわば、アレルギーはあるけど食べたい、みたいなもんなのかな)

 異性に触れたい、異性と喋りたい。だけど、異性が苦手だから叶わない。それは、想像していたよりよっぽどキツいかもしれないな。

「ママー! おトイレ行きたい!」
「はいはい。えーっと、トイレは確か……」

 ふとすれ違った親子の会話を聞き、俺は自身の膀胱の状態に気付く。
 映画見てる時、ジュース飲んでたから俺も尿意が――

……待てよ。

 いま、俺は女装しているとはいえ男子だ。女子トイレに入ることは間違いなくNG。犯罪だ。
 だが、だからと言って、男子トイレにこの格好で入れば騒ぎになる。

「……」
「どうしたの? 顔、真っ青だけど」

 やっちまった!!
 トイレについて何も考えていなかった!!!
 現状、俺は男子トイレにも女子トイレにも入れない。男用の服を持ってきてないから、女装を解いて男子トイレに駆け込むのも無理だ。そもそも女装を一度解いてしまえば、家に帰らなければ再度女装することは不可能。
 だがしかし、このままデートの終わりまでトイレを我慢するのも無理だ。

 つ、詰んでる!

 まずい。まずいまずいまずい! トイレに行けないと思ったら余計に尿意が加速してきた!
 こうなったら道は1つ。

――男女共用トイレ!

 基本、どの店でも男女でトイレは別れている。だが、規模の小さい店ならトイレが1個だけの場所もある。

 しかし問題はこのショッピングモールにある店はどこも100%男女でトイレが別れているという点。男女共用のトイレ……確か、このショッピングモールの近くにあるラーメン屋、あそこはトイレが1個だった!

 急いでここを出よう。

「白雪!」
「は、はい!」

 俺は白雪ちゃんの手を握る。

「……ラーメン食いに行こう!」
「え、えぇ? ラーメン、って!?」

 俺は白雪ちゃんの手を握ったまま、早歩きする。
 すでに膀胱の限界が近い。急がねば!

「ごめん白雪! ちょっと急ぐよ!」
「は、はい……」

 俺は白雪ちゃんの手を強く握ったまま、ラーメン屋に向かった。
 さっきまで冷たかった白雪ちゃんの手が、熱くなっていた。

 --- 

「ふぃ~」

 ラーメン屋に無事着いた俺は、高速で注文を済ませ、トイレに入った。
 女子の格好をしているから何となく座って用を足している。

(それにしても……)

 やっちまったなぁ~……尿意のせいで焦っていたとはいえ、女子の手を握ってしまった。
 ネタバラシした後、確実に軽蔑されるなコレは。
 とりあえず戻ったらすぐ謝ろう。

 テーブル席に戻ると、白雪ちゃんがラーメン屋の男性店員と話していた。
 いや……よく見ると話してはいない。白雪ちゃんはずっと下を向いて赤面、店員さんは黙っている白雪ちゃんに困っている様子だ。

「あ、すみません。どうかしましたか?」
「えっと、細麺か太麺か聞き忘れていたので聞きにきたのですが、黙ってしまって……」
「2つとも細麺で大丈夫です」
「わかりました」

 店員さんが去ると、ようやく白雪ちゃんは顔を上げた。

「ご、ごめんなさい……」
「別にいいよ」

 男性恐怖症、今更だけどガチなんだな。

「その……男性が苦手になったきっかけって何なの?」

 聞いてから自分のミスに気づく。もしも雫の奴がすでにその事情について聞いていたのなら、おかしな質問をしてしまったことになる。

 だが、白雪ちゃんは特に俺を怪しむことなく、話し始める。

「……お父さんよ。自分には甘くて、他人には厳しくて、いつも母をぶっていた。私は暴力こそ振られなかったけど、何度も罵倒されたわ。交通事故で死んだけど、今でもあの人のせいで男の人の声を聞くと固まってしまうの。触られると体が痺れる」
「そう……なんだ……」
「だから、こんなの――初めて」
「え?」

「お待ちどう!!」

 俺達の会話を遮って、店員さんがラーメンを持ってきた。

「ラーメンのことよ。こんなにチャーシューが乗ったラーメンは初めてだと言ったの」
「あ、ああ! ラーメンのことね! はいはい、わかってましたよ……」

 び、ビックリしたぁ! 俺のことバレたかと思った……。

「男性は苦手。だけど嫌いじゃない。むしろ、男の子の体には興味がある」

 ラーメンを上品にすすりながら、白雪ちゃんは言う。
 俺は聞いてはいけないことを聞いている気がしたので、軽く相槌を打ちながらラーメンに集中する。

「……キスとか、その先のこととか、凄く興味があるわ……」

 無表情で、恥ずかしげもなく白雪ちゃんは言う。

「なのに私は男性に触れられない。この悩みは一生解消されない……そう絶望したこともある」
「そ、そうなんだ。大変だね。あはは……」
「だけど」

 俺はピタッと、ラーメンを食べる手を止めた。
 股間に、何かが当たったからだ。

「え……」

 最初は気のせいかと思った。けれど違う。足の親指を、靴下越しに股間に、ブツに、当てられている……!?

「し、らゆき……?」

 白雪ちゃんは口元だけ笑わせて、

「驚きました。とは喋っても、触っても、こうして男性器に触れてさえ、拒否反応が出ないのですから……」

 ゾゾゾ。背筋を悪寒がのぼってくる。同時に、白雪ちゃんが俺の股間を右足でまさぐってきたせいで、背徳感の混じった快感が脳を刺激する。

 絶望と快感、正反対の感情が脳内で蠢く。

「……い、いつから、気づいていたんだ……?」
「最初からもろバレでしたよ、お兄さん。素晴らしい女装ですが、さすがに親友の目は誤魔化せません。雫にしては髪のボリュームが多いし、化粧も濃い」

 さ、最初から……?
 じゃああの手つなぎとか全部、わかっていてやったのか!?

「ですが雫に、親友に似ているおかげで、私はお兄さんに対して拒否反応が出なかったようです。本当に驚きました……女装しているあなたになら、私は……なんだってできるようです」

 白雪ちゃんの足が、俺の下着の中に侵入してくる。
 白雪ちゃんの顔が赤くなり、目は虚ろに、口角に涎が溜まる。

「ちょっ!?」

 さすがに我慢できなくなった俺は立ち上がり、荷物を持つ。

「だ、騙していたのはごめん! だけど、そ、そういうのはちょっと! 色んな面でアウトというか!!」

 相手は妹の友達&中学生&ここは公の場&女装中! スリーアウトどころかフォーアウトだ!

「ご、後日、ちゃんと謝るから! じゃ!!」

 俺はラーメンの代金を置き、外に飛び出し、そのまま家に帰った。
 ……雫にどう報告しようか。

 --- 

「た、ただいま……!」

 息を切らしながら家に帰ると、妹が奥からやってきた。

「おっかえりー」

 雫はカップアイスをパクパク食べながら、

「聞いたよ~。バレバレだったんだってね」
「やっぱり無理があったよ……だけど努力は認めて欲しい!」
「わかってるよ。ぬいぐるみはあげる。なんか白雪も満足気だったしね~。女装はバレたけど、結果オーライ的な?」
「そうかよ。俺はもう白雪ちゃんに合わせる顔がねぇ……頼むから家に呼んだりはするなよ」
「はいはーい」

 俺は靴を脱ぎ、妹の横を通り過ぎて部屋に向かおうとするが、

「あ、そういえば、白雪にお兄ちゃんの連絡先聞かれたから教えたけど、別にいいよね」
「は?」

 ピコン。とスマホが鳴る。
 スマホを見ると、SNSにDMが届いていた。
 DMには俺の女装写真と共に、こんなメッセージが来ていた。

『これからも女装デートしてくださいね。もしも私から逃げたら……この写真、お兄さんの投稿のリプに貼り付けますから』

 こ、こんな写真いつの間に……!? ショッピングモールを歩いている時だから、手を繋いでいる時か! 俺が動揺している隙に……!!

「なんてこった……」

 ぬいぐるみの代償に、俺はとんでもない悪魔と繋がってしまったらしい。
 俺がまた女装をする日は、そう遠いことではなかった……。

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