秋、消息不明(ショートショート#26)【2400字】
日曜日の朝、秋が姿を消した。秋とは、小学校三年の息子の名前である。私が子ども部屋へ起こしに行くと、ベッドはきれいに片付いていて、愛用のリュックも消えていた。
すぐさま夫を叩き起こして、緊急会議を開催するも、心当たりはないらしい。こっそり家を抜け出して、友達の家に泊まっているだけだろう、と不機嫌そうに夫は言う。
話し合うこと小一時間、私はあることを思い出した。
……そして現在。
私たちはミニバンに乗って高速道路を爆走している。助手席には夫。外は悪天候で、小雨が断続的に降っていた。見上げると、サービスエリアまであと1㎞の標識が見える。
「もうすぐよ」
夫の肩をゆすった。
「わかったって……。あの話、本当に信じてるのか?」
「あれしかヒントがなかったんだから、仕方ないじゃない」
「ここまで1時間以上かかるんだぞ。無駄足だったら……」
「あなた、秋が消えたのよ? 心配じゃないの?」
「そんなわけないだろ。大袈裟なんだって。家出くらい俺もガキの頃は……」
「ちょっと見てよ。嘘でしょ……」
私はため息をつく。サービスエリアの入り口に、パッと見で二十台近くの行列ができていたのだ。
「まぁ。日曜だしなぁ」
「運転代わって」
「え?」
私は運転席から飛び出した。後ろでクラクションが鳴るのも耳に入らない。レインコートを濡らした誘導員を横切って、サービスエリアに足を踏み入れた。
私たちがここに立ち寄ったのは去年の今頃の話。
連休を利用して紅葉狩りに行く途中で、ここを訪れたのだった。
広い駐車場はほぼ満車だ。フードコートや土産物屋の集まる複合施設は、客で賑わっている。
周りにはモミジやカエデの木が植えられていて、その紅葉の美しさも評判のスポットである。
秋は、ここである現象を目撃したのだという。
サービスエリアといえば、自動販売機がズラッと並ぶイメージだが、ここも例に漏れない。紅葉した木立の前に、十台以上の自販機が連なっている。
金曜日の夜。
夕飯を用意する私に、秋が言った。
「お母さん、覚えてないの? 去年、サービスエリアで自動販売機が赤く染まっていって、飲み物もすべてホットに変わっていったのを」
もちろん、記憶にはなかった。
そう答えると、秋は心底ガッカリしたようだった。それがどうかしたのかと聞いた。どうやら、学校で友達にその件を話したらしい。当然というか、信じてはもらえなかったようだ。
それどころか、嘘つき呼ばわりされて、来週までに写真に撮ってこいと迫られたという。
だから、もう一度サービスエリアへ連れていってくれ。秋は懇願してきたが、そう簡単に行ける距離ではない。肩を落として、秋が部屋に戻っていったのを覚えている。
「いた……シュウ!」
一台の前に、息子の姿があった。アディダスの青いリュックを背負って。
「……」
ふいに、秋の横に見知らぬ男が現れた。
知り合いのように会話をしている。自販機のものと同じロゴマークが描かれた作業服。商品の補充に来た業者のようだ。一体なぜ?
トラックの陰に隠れて、様子をうかがう。
「どうだ? お目当てのモノはあったか?」
と、業者が言った。
「いえ。去年はもっと赤かったです」
「言っただろ。自販機の筐体の色が変わるなんて、ありえないって」
「でも、見たんです。周りのモミジの色と同じように、自販機全体が赤く染まってくのを」
思った通りだ。秋はあのことを確かめに来たのだ。
「もう仕事に戻っていいか?」
「……はい。ご迷惑をおかけしました」
「でも、帰りはどうする? 俺は、この先のSAに行くから、送っていけないけど」
「ここまで乗せていただいただけで、もう充分です。またヒッチハイクしてみます」
「そんなこと言ったってなぁ……」
業者の男は困ったように頭をかいた。
ああ、ここまで探しに来てよかった。私はホッとして、物陰から声をかけようとした。
と、ふたりの後ろの自動販売機に異変が起こった。
はじめは一台だけだった。グリーンの筐体が、端のほうから、少しずつイエローに色を変えていく。
そして、黄色に色づいたそれらは、やがてゆっくりと紅く染め上げられていく。飲み物もすべてホットになっていた。まるで風景と溶け合っていくように。その現象は次々と他の自販機にも伝播していく。
またたく間に、すべての自販機が紅葉していった。
「はぁ。兄ちゃん、これは企業秘密なんだが、教えてやる」
「これは……」
「実はな、こいつらは自販機じゃない。自販機に擬態した生き物なんだ」
秋も、私と同じように驚いて何も言えなかった。
「冗談ですよね?」
「ほら見てみろよ。飲み物もすでにホットに切り替わってる」
男がホットコーヒーを買って、秋に手渡した。
「温かい。さっきまで全部、冷たい商品だったのに」
「俺たちの会社は、こいつらと契約を結んでるんだ」
「契約?」
「俺たちはこいつらに居場所と電気をやる。その代わり、飲み物を冷やしたり、温めたりしてもらう」
「何で電気を?」
「こいつらは電気を消費して生きてるんだよ」
男がバンバンと箱を叩いた。ブゥゥゥン、と怒ったような唸り声(?)を上げる。
「すまんすまん。とにかく、こいつらのおかげで、わざわざシーズン毎に温度を切り替える手間が省けるってワケだ」
「いつから、こんなことを?」
「きっかけは、日本に墜ちてきた隕石だ。そこから金属の身体をもった生命体が現れた。そいつらが生き延びるために手段が、自販機に擬態することだった。自販機なら日本中どこにでもあるし、電力も供給してもらえる。ある日、その事実に気づいたウチの社員が、そいつらと交渉したのさ」
「……すごい。写真撮っていいですか」
「今回は特別だ。でも、こいつらが生き物だって話はするなよ?」
秋はコクリとうなづいて、スマホをかざした。
気づくと、小雨が上がっている。濡れたアスファルトに、モミジの葉が輝いている。私は手を振って、秋を呼んだ。小さな秋はこちらを見て、笑った。
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