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テストの神様【ショートショート#46】【1225字】
受験まであと二ヶ月。私が「テストの神様」に会いに行ったのは、模試でE判定だったから。かれは、知る人ぞ知る伝説の予備校講師だ。ママが泣きついたおかげで、すぐに面会できることになったのだ。
「無理なお願いをしてごめんなさい」
「構いませんよ。そちらにかけて」
パリッとしたスーツを着こなす笑顔の男性。しかも吸い込まれそうな青い目をしている。
「早速ですが、貴女の模試結果を見せていただきました。正直に言って、今から挽回するのは厳しい」
私は俯く。やっぱり。
「でも、絶対にT大学に行きたいんです」
涙ながらに訴える。すると、スッと先生の眼光が鋭くなった。
「どうして、T大にこだわるんですか?」
虚を突かれて、ハッとする。
「それは、ママ……いえ、母がどうしても入ってほしいと」
「あなたの意思はどうなんですか?」
「私は……」
「仕方ない。あなただけに特別に授けましょう」
そう言って、右手を私の目の前に翳した。
「超能力を信じますか?」
その日から、私はあるものが見えるようになった。光だ。テストの選択肢のうちの一つが、キラキラと輝きを放って見える。それが必ず正解なのだ。
何も考えず模試でそればかり選んだら、うっかり満点を取ってしまって、カンニングを疑われてしまった。なので、怪しまれないように、わざと誤答を混ぜるようにする。それからは、何もかもが思い通りに運んだ。
無事、T大学に合格し、ママは嬉し泣き。ところが、テストだけでなく、人や物にも光が見えるようになった。優しそうなだが平凡な子よりも、性格がキツそうだけど優秀な子の方が輝いて見える。私は心の声を無視して、正解を選び続けた。
興味のないテーマで卒論を書き、大学を首席で卒業した。やりたくもない仕事に就き、好きでもない人と結婚した。経済的にはずっと豊かだったが、心は虚ろだった。
長い年月が過ぎて、私は病室で最期を迎えようとしていた。
誰も見舞いには来ない。夫とは離婚したし、子供たちは巣立ったきり何年も連絡がない。ベッドサイドのモニターの心電図の音だけが響いている。
「お久しぶりです」
目の前に、パリッとしたスーツを着こなす笑顔の男性が現れた。吸いこまれそうな青い目をしている。
「……どなた?」
「覚えていませんか? 女子高生の頃にお会いしましたよね」
目を見張った。あの時の予備校講師だ。外見も当時と変わっていない。まるでタイムスリップしてかのようだった。
「目を回収しに来ました」
「目?」
そうか。力を取り戻しにやってきたのだ。
「力を使ってみて、いかがでしたか?」
不自由のない、檻の中のペットのような人生だった。それが幸せだったのかどうかは、分からない。
「どうしてこの力を私に?」
「あなたが一番分かりやすかったから」
笑いながら言うと、右手を目の前に翳した。世界から輝きが消えていく。
薄れ行く意識のなかで、彼の正体がやっと分かった。
「悪魔、だったのね」
コウモリのような翼をバサリと広げて、かれは窓から飛び立とうとしている。
「人の不幸は蜜の味。それは悪魔にとっても同じですから」