#8 世界の終わりをファミレスで
ある郊外の住宅街に、ひっそりと建っている古めかしいファミリーレストラン。
築50年以上は経っているであろう外観だ。
看板にはこうある。
「カフェ&レストラン 異人亭 SINCE 1960 」
日本で最初のファミレスが1970年開業だから、それよりも10年も古い。
午前11時。そろそろお昼時だ。
先日、仕事をやめて毎日ぶらぶらしている新庄ゆりは、散歩中に偶然見かけたこのファミレスの扉を開けた。
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
赤い着物に白いエプロンをしたウェイトレスが、ゆりを迎える。
まるで大正時代の喫茶店にでもタイムスリップしたかのような店員の姿だった。
ゆりは目を丸くしながらも、ゴロゴロと鳴るお腹をおさえる。
「このオムライス、食後にあんみつとホットコーヒーください」
メニューをかかえて去っていくウェイトレスの背中に、ゆりはなぜか懐かしさを感じるのだった。
しっかりと食べて、店を出たゆりは、スマホの画面を見て仰天した。
午前11時2分。
入店してから2分しか経っていない。
思わず異人亭に引き返すと、さっきのウェイトレスがまるで待っていたかのようにそこに立っていた。
「あのっ、これって……?」
「ふふ。お客様はみな驚かれます。
ここ、カフェ&レストラン異人亭は、時間の流れが外とはちがうんです。
店の中は外よりもゆっくりと時間が流れる。
たとえば、店で24時間過ごされたとしても、外では1時間しか経ってい
ないんです」
「……」
「にわかには信じられないですよね。
でも、受け入れてしまえば、こんなに便利な場所はないんですよ」
ウェイトレスは、店内のほかの客を紹介する。
「あちらのお客様は、受験生の田中くん。
最近、勉強でよくご利用されます。
あちらは漫画家の鈴木さま。
〆切前はここで1日5時間過ごされることもあります。
それから、あの小学生の男の子。
家庭の事情でおうちに居たくないので、放課後はここでよく過ごされてい
ます」
「……また、来ます」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
***
新庄ゆりは、自宅の和室にある仏壇の前にいた。
仏壇の遺影を見て、さっきの懐かしさの正体がわかった。
「おばあちゃんにそっくり」
着物を着てほほえむ若い女性の写真。
ゆりの祖母、新庄芳子はゆりの母を産んですぐに姿を消した。
祖母、芳子が24歳の頃の話だ。
その芳子と、異人亭のウェイトレスがうりふたつなのだ。
次の日、同じ昼時にゆりは異人亭を訪れた。
「いらっしゃいませ。あら、それは……」
ウェイトレスは、ゆりの持つ一葉の写真を見て、言葉を失った。
「聞きたいことがあるんです。お仕事はいつ終わりますか……?」
***
閉店後の深夜のレストランにて。
ゆりとウェイトレスはテーブルで向かい合っている。
「……そう、あなたがわたしの孫なのね。娘は元気?」
「はい。母は元気です。それよりも聞かせてください。
おばあちゃん。いえ、芳子さんはどうしてここに?」
「さっきも言ったでしょう。
ここは時の流れが遅いレストラン。
ここでの1時間は外の1日と同じ。
当時、わたしはこの異人亭に魅せられて、通い詰めたの。
でも、この場所にはある秘密があった」
「秘密?」
「あまり長い時間をここで過ごすと、現実に戻れなくなるの。
魂がこの場所に囚われてしまうから。
外に出られなくなったわたしは、ここで働くことにした。
もともとここが好きだったから、苦は感じなかった。
でも、もうあれから50年もたったのねぇ……」
「外の50年ということは、異人亭では2年……?」
「26歳で、孫ができるなんて、おかしいわね」
ウェイトレス、いや芳子は笑った。
「芳子さん。母をここに連れてきてもいい?」
「……いいえ。娘が来たら、きっと何度も会いに来ることになる。
娘もあなたも、ここの住人にはなってほしくない」
「もう来ちゃダメなの?」
芳子は残念そうにうなずく。
ゆりの目から涙がこぼれた。
「……おばあちゃん。
母とわたしが死んだら、きっとお墓参りに来てね」
「そうね。
その頃にはもう異人亭は店じまいしているだろうから。きっと行くわ」
ふたりはかたく手をとりあって、別れを惜しんだ。
カフェ&レストラン異人亭はこうした悲喜こもごもを抱えつつ、今日も営業をつづけている。
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