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七夕とオアシスの夜(ショートショート#19)【1900字】
もうすぐ夜の帳が降りようという時に、キャラバンがオアシスに辿り着いた。
だが、長旅の疲れを癒す暇はない。今日は年に一度の星祭りの日だから。
天の川をはさんで遠く離れた二つの星が今日だけは会うことを許される。飲んだり食べたり歌ったりと星空の下で夜を徹して大騒ぎする。
ラクダから降りてそれぞれが宴の準備に入るなかで、ぽつん、と一人の男が佇んでいた。
一人だけ褐色ではなく、黄みがかった白い肌をしている。迷彩柄のパイロットスーツを着て。
「鳥、何をしている。自分がどこから来たのか思い出したか?」
この土地の言葉で「鳥」を意味する言葉で、男は呼ばれた。
三日前のこと。キャラバンが砂漠を渡っている途中、飛行機が墜落してきた。
記憶を失った男がそこから救助され、それから「鳥」というあだ名で呼ばれるようになった。
「どうしても思い出せない」
「それに、お前が手にしていたこの装置は何なんだ?」
紅色のスカーフを頭に巻いた女が、細長い円筒形の何かを見せる。望遠鏡のようだ。
「これだけは離すまい、と抱えていたんだ。何か大切なものなんだろう?」
男が、その筒から薄明の空を覗き込んだ。すると、映像が拡大されて星々が大きく見えた。星の側に名前と位置情報が表示される。
筒から目を離して、女の背後にあるものを指す。オアシスの中央に生えた大樹。
「あれは何だ? アヤ」
アヤと呼ばれた女が答える。
「このオアシスの豊かさを象徴する大樹さ。星祭りの夜に、願い事を書いた羊皮紙をあの樹の枝に吊るす。そうすれば、きっと願い事が叶うとみんな信じてる」
「どこかで聞いたような話だ」
「ほぉ? お前の故郷にも同じ祭りがあるのか?」
「わからない。でも、願い事を書いた短冊を枝に吊るしたような記憶がある」
男のパイロットスーツを女がじろじろと眺める。
「それにしても、お前のような恰好をした男は初めて見たぞ。それにお前の乗っていた変な乗り物ときたら! 海の向こうの大陸では宙に浮く乗り物がある、と噂に聞いたことはあるが、見たのは初めてさ」
宙に浮く乗り物、と聞いた男はハッとして、アヤの肩を揺すぶった。
「俺が乗っていた乗り物は今どこにあるんだ? 連れて行ってくれ!」
眉をひそめてその手をアヤが払いのける。
「ムリだ。ここからラクダで三日かかる場所だぞ」
男はため息をついた。
「いいから今日は休め、鳥。……そうだ。願い事を羊皮紙に書いて、祈ってみたらどうだ?」
「……願い事か」
黒い布の上で宝石箱をひっくり返したかのような夜空が頭上に広がっている。天の川にはさまれて遠く離れた二つの星が今日だけは会うことを許される。星祭りの夜だ。
野外に置かれた長い長いテーブルに二人は座っている。星を眺めながら酒を酌み交わしていた。
焚き火と松明の灯りが地上を照らしている。周りはガヤガヤと騒がしい。
「願い事は書けたか?」
男はペンを置く。記憶が戻りますように。
「では、大樹の枝に吊るしに行こう」
そこには、工事現場のような足場が組まれていた。大樹の外周をぐるっと螺旋階段が囲んでいる。足場の一番上には、願い事を書いた紙を枝にかける人々がいた。二人はその光景を見上げている。
「アヤ。何だ、その文字は?」
隣の女の羊皮紙を覗き込む。そこには見たことのない奇妙な文字列が並んでいた。男が知るアラビア語とは似ても似つかない。文字というより、一枚の絵のようだった。
「読めないのか、鳥。キャラバンの商売がこれからも上手くいきますように、と書かれているんだ」
ここはアラビア語圏だと思い込んでいたが、ちがうのだろうか。一体、この砂漠は地球のどこにあるのか。いや、そもそもここは地球なのか?
望遠鏡を取り出して、ふたたび夜空を観察する。
「アヤ、星祭りの夜に出会う二つの星は、何ていう名前なんだ?」
「牽牛星と織女星。
アスランは牛飼いの青年。アミーラは機織りが得意な少女。
二人は出会い、恋に落ちた。あまりに仲が良かったから、アスランは畑仕事をしなくなり、アミーラは織物をつくらなくなってしまった。
神様は怒って、天の川を隔てて二人を離れ離れにしてしまった。年に一度、この日だけは天の川を越えて会うことを許される。
ほら、あの一番明るい星が牽牛星だよ」
アヤの言う方向に望遠鏡を向けた。すると、星の下に名前と位置情報が表示される。
……太陽。我々の母星。
さらにメッセージが続く。
……おめでとう。あなたは、人類が居住可能な系外惑星にたどり着いた最初の一人です。あなたのいる惑星の情報を母艦に送信してください。艦隊をそちらに派遣します。
男はすべてを思い出す。首を傾げるアヤの美しい顔を見つめた。そして、望遠鏡のスイッチを切ると、砂漠に放り投げた。