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#14 殺人督促状  前編【1400字】

「夜のニュースです。

 警視庁にAIが導入されて二年が経ちました。

 犯罪予防の効果のほどは……」


 コンコン、とノックの音。 

 やっと帰宅したばかりの翔太は、眉をひそめてスマホを掴んだ。

 午後七時。通販を注文した記憶はない。

 コンコン、と強めのノックの音。

「田中翔太さん? いるのはわかってますよ? 開けてください」

 翔太は居留守をしようとしたが、尋常ではない気配を感じて立ち上がった。

 玄関の覗き穴をのぞくと、声の主らしきスーツの男のほかに、警察官が二、三人立っていた。

「……何?」

「田中翔太さんでよろしいですね?」

「……はぁ」

「これまで何度も『督促状』をお送りしたはずですが、届いてますよね?」

 翔太が振り返ると、そこには未開封の封筒が山積みになっている。

 二ヶ月前から翔太の家に届きはじめた『殺人督促状』。


 ……あなたには殺人の義務があります。期限内に義務を履行していただけない場合、強制執行の対象となります。


 最初に届いた『督促状』にはそう書かれていた。

 怖くなってゴミ箱に捨てて以来、見ないふりをしてきた。

「お伝えしてきたとおり、アナタには殺人の義務があります。

 期限内に履行していただけなかったので、これから強制執行させていただきます」

「いや、俺は仕事で疲れて……ちょっと、待てよ!」

 警官がゾロゾロと部屋に押し入ってきた。

「何してんだ、警察呼ぶぞ!」

「田中さん、彼らは警察ですよ」

 スーツの男は、名刺を差し出す。

 地方裁判所・執行官 佐藤シュウイチ。

「田中さんが今日中に誰かを殺すまで帰りませんよ」

「……いたずらか? 明日も朝早いんだ。勘弁してくれ」

「では、急いで義務を遂行しなければなりませんね」

「……」


 十五分後。

 ちゃぶ台をはさんで翔太と執行官が向かい合っている。

 執行官の後ろには二人の警官が立つ。

 二つのマグカップから、翔太が入れたインスタントコーヒーの湯気が立っている。

「誰かを殺すったって、殺したいヤツなんていねぇよ」

「田中さん、アナタは将来、殺人事件を起こす可能性があるんです」

「はぁ?」

「二年前、警視庁に導入されたAIをご存知ですか?」

 翔太はついさっき見たニュースを思い出した。

「あー、犯罪を減らすためにAIを使うってニュースあったな」

「ええ。

 国民の経歴や行動の傾向から、今後犯罪を犯す可能性のある人物をAIが見つけ出す。

 そして、必要な支援を行って将来の犯罪者を減らすのです」

「ふぅん」

「さて、ここからが本題です。

 大量殺人など重い犯罪を犯す可能性のある人物だと、公的な支援では足りないケースがある。

 支援によっても、AIの予測が変わらないケースです」

「じゃあ、どうすんの?」

「彼らには、憎しみを昇華させてあげる必要がある」

「憎しみの昇華?」

「つまり、彼らが一番憎い相手を殺させてあげることで、将来の被害者を減らすことができるんですよ。

 死ぬべき人間が一人死ぬ。

 それで殺されるはずの十人の無辜の市民が助かるなら、そうすべきだと、国は判断したのです」

 翔太は啜っていたコーヒーを噴き出した。 

「……おれが未来の殺人鬼だって言いたいのかよ!?」

 警官が翔太の胸ぐらをグッと掴む。

「そうだよ、田中翔太! オマエは三年後、十人を無差別に殺すとAIが判断したんだ!」

 翔太は警官の気迫に言葉を失った。

「絶対にそんなことは起こさせねぇ!」

「巡査部長、落ち着いてください。

 ……田中さん。
 
 だから、アナタには『殺人の義務』があるというわけです。

 教えてください、アナタが一番憎い相手は誰ですか? 

 これからその人を殺しに行きましょう」


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