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ハロウィンの怪/吸血鬼に恋を応援される話(ショートショート#27)【2600字】

 俺はため息をつき、目の前の小石を蹴とばした。

 夜の繁華街は、魔女やゾンビや狼男の笑い声で充満している。いまは、派手な仮装に身を包んだ若者たちが浮かれ騒ぐハロウィンの夜。そんな中、俺はただ一人、普段どおりの格好をしていた。

 向かっている先は、大学のOBがやっているバーだ。

 今日は、そこで仲間たちとパーティをする予定なのだ。最近気になっている女の子も、参加することになっている。にもかかわらず、コスプレもせずにそこへ向かっていた。

 パーティの日取りが決まったのが、3カ月前のこと。友人たちの前(気になる女の子、清水さんもそこにいた)で、俺はこう宣言してしまったのだ。アッと驚く仮装をしてくるから、お前ら期待してろよ

 俺は、清水さんが好きだという映画に登場するヴァンパイアのコスプレをしていくつもりだった。映画にそっくりなマントやベストを探し、メイクの仕方まで調べておいた。

 あれから3カ月。

 俺は、約束をすっかり忘れて学業とバイトに明け暮れていた。居酒屋のバイトを終えて、帰宅しようかとロッカーを開けた瞬間、今日がハロウィンだと思い出したのだ。

 もちろん、近場の百貨店やホームセンターを回って、目星をつけておいた衣装を探し回ったが、もうどこも売り切れている。それどころか、コスプレ用品はほとんど売れ残っていなかった。

 俺は、代わりになるものはないか、と大通りの店先をブラついていた。

 どこを見渡しても、ひとびとの仮装した楽しそうな姿しか見当たらない。じっとしていられず、通りを行ったり来たりしていると、嫌気がさしてくる。このままバックレてしまおうか。

 すると、携帯にメッセージがきた。内容は、「もう、みんな集まってるよ! 野口君のコスプレ楽しみにしてるからね!」というものだった。さらに深くため息をつく。

 と、その時だった。

 後ろから何者かに肩を強く押された

 舌打ちをして、睨もうとしたが、俺はそいつの姿に息を呑んだ。

 ヴァンパイア映画から飛び出てきたような全身黒づくめの長身の男だった。燕尾服の上に、足首まで隠れる長さのマントを羽織っている。青ざめた不健康そうな顔に、真っ赤な瞳が光っている。

 プロに仕立ててもらったに違いないクオリティだ。スタスタと去っていく背中を見ながら、俺はひらめいた。あいつについていけば、衣装の一つくらい貸してくれるかもしれない。

 迷っている時間はない。俺は、チャンスに賭けることにした。


 ***

 寂れたテナントビルに挟まれた路地裏。薄暗い灯りが、壁の落書きを照らしている。ゴキブリが視界をさっと横切った。

「貴様、何の用だ?」

 男が、こちらを振り返らずに言った。ぎくり、と後ずさりする。

「答えろ。我が輩をずっとつけていたのは知っている」

 俺は、観念して言った。
「黙ってつけたのは謝ります。どうしても話を聞きたくて」

「話だと?」

「その衣装、どこで手に入れたんですか?」

 男は、こちらを探るような目つきになる。
「そんなことを聞いてどうする」

「今夜はハロウィンでしょう? お恥ずかしい話ですが、パーティに着ていく衣装を汚してしまって。もし同じような衣装をお持ちなら、貸していただけませんか。あっ、もちろんお礼はします」

 男は、眉間にシワを寄せた。

「何か勘違いしとるな。外出する時は、我が輩はいつでもこの格好だ

 意外な答えに、思考がフリーズした。俺は、ぽかんと口を開けて、男のマントを指さす。

「えぇ? ハロウィンのコスプレじゃないんですか?」

「これは我が輩のれっきとした正装だ。侮辱するつもりなら、決闘を申し込むが?」

 男は、持っていた杖の先を向けてきた。明らかに不快感を与えてしまったようだ。どうやら、かなり厄介な人物に話しかけてしまったようだ。

「すみません。そんなつもりは……」

「今夜の狩りが終わってなければ、いまごろ、貴様も生きた血液袋になっとるところだ」

 両手をあげて、敵意がないとアピールする。おかしい。この男は、本当に自分をヴァンパイアだと思い込んでいるのだろうか? 映画の役者で、役に入り込みすぎて、精神に異常をきたす人がいるらしいが、この男もその類なのか?

「狩り……狩りをなさっていたんですか」

「ああ。今夜は我が輩を警戒しないカモが多くてな。大漁じゃ」

「その、獲物はどこに……?」

 男は、テナントビルの上階をアゴでしゃくった。

「ここが、我が輩の城だ」

「城……」

 ぼんやりとその男の「城」を見上げて、ハッと本来の目的を思い出す。

「あの、お名前は?」

「名前? 我が輩はヴラド五世、位は伯爵じゃ」

「伯爵様。お願いがあります。衣装を一つ、貸していただけませんか?」

 伯爵はため息をつく。

「貴様。殺されたいのか? 下賤の者に我が輩の正装を貸すわけないだろうが」

「対価は払います。明日までにクリーニングして返却します。3万でどうか」

「話にならん」

「5万、いや10万までなら……!」
 俺は、必死で食い下がった。

「くどいぞ」

 このまま引き下がれない。頭に清水さんの失望した顔が浮かぶ。仲間たちからも白い目で見られるだろう。このままでは、俺の大学生活は灰色の未来が待ってるのだ。

「伯爵様は吸血鬼なんですよね? 血も差し上げますから!」

 伯爵の赤い瞳がゆらぐのを、俺は見逃さなかった。

「……血? 血は足りておると言っただろう」

「伯爵様がご希望とあれば、いつでも血をご提供します」

「ふん。いつでも、だと……?」

 伯爵は、無関心を装っている。今だ。

「もちろんです! 死体から採れる血は限られてますが、生きた人間からならいくらでも採れるじゃないですか。いつでも好きな時に呼び出してください」

 伯爵の目線は、むらむらと俺の腕や首筋を行ったり来たりしている。

「……今夜だけだぞ」

 俺は飛びあがらんばかりの喜びに包まれた。
「本当ですか?!」

「城のクローゼットまでついてこい」

 と、俺はあることに思い至った。それは、ヴァンパイアのメイクだ。青白い顔に赤い瞳はヴァンパイアの仮装には欠かせない。だが、伯爵の顔はメイクではない以上、道具を借りることはできないだろう。

 伯爵に借りたマント、燕尾服、革靴を着ながら、俺は肩を落とす。

 伯爵がこらえきれないという様子だったので、俺はとりあえず血を飲ませてやった。文字通り血の気が引いていく。

 もうあと一歩だったのに。画竜点睛を欠く、とはこのことだ。

 その時、伯爵が俺を見て、言った。

「貴様。なかなか似合っているぞ。鏡を見ろ。目は充血して、頬もこけて青ざめておる。まるで本物のヴァンパイアじゃ」


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