すべてがFにならなかった場合の対処法16
忘れないうちに、ここに書いておくよ
これは、有名な映画評論家の人から聞いた話
学生のころ、
お金もなく、学力もなくて、
頼れる親も遠くて、
本当にどうしようもない状態で
暗い未来しか見えなくて、
もう、明日はいらないというくらい
思い詰めてしまって
もう諦めようかな、
諦めるしかないのかな、
と思った日があったんだって
寒い日だったそう
最期に、と思って友だちに会いに行くと
その友だちが何かを察して、
味噌汁を作ってくれたんだ
なんてことのない普通の味噌汁を
でも、その一杯の味噌汁が
すごく温かくて、
美味しく感じて、
涙が出てきて
ああ、もう少し頑張ってみよう
って思い直したそうなんだ
これを聞いたのは、
彼がたぶん50代のときだったから、
その時点で彼にとって30年近く前の話になる
でも、
その一杯の味噌汁が忘れられないって言ってた
当時どんな状態だったのか、
どんなふうに思い詰めていたのか、
そんなことはわからないし、
同じ状況になることなんて、
そうそうないけど
こういうことって
けっこうあるんじゃないかなって思う
電車でお喋りしている学生たちも、
愛想の良いコンビニの店員さんも、
いつも挨拶してくれる近所の人も、
こんな瞬間があったんじゃないかなって
知り合いが突然、亡くなったことがある
びっくりしすぎて、言葉が出なかった
絶句ってこういうときに使うんだなってくらい
言葉がなくなった
いつも穏やかで、
のんびりしているように見えて、
ちょっと面白いことを言う人だった
自分よりいくつか年上だったし、
そんなに親しかったわけじゃないけど、
何かしてあげられなかっただろうかって思う
おこがましいけれど
思い出すと、今でも心がソワソワする
このコーヒーや、スープや、サンドイッチが、
君にとっての味噌汁になるかもしれない、
なったらいいな、
という緊張感を持ちながら、用意している
後悔しないように