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銃が呼んでいる

今日もまた俺は、大気圏から地上に向かって降下している。飛行機から飛び降りると、程なくして背中のパラシュートが開いた。戦場に降り立つ前のこの景色が、俺はたまらなく好きだ。共にこのフィールドを制覇しようと志す戦友たちは、今どんな表情を浮かべているのだろう。この空中からの視点では、それを窺うことはできない。地上が段々と近付いてきた。ここで俺は栄えている集落や、大きな湖の周りや、青々とした茂みなど沢山の選択肢がある中で、どこに降りるか決めることを迫られる。俺はあまりこの手のゲームが得意では無いので、栄えていそうな場所を選んだ。

ゲッ、と口に出してしまったのは想像以上に敵が多かったからだ。まずは銃を集めなければいけない。俺は闇雲に戦場を駆け回る。コンクリートで出来ているであろう、建築基準法ガン無視の特殊建造物の中に入ろうとする。しかし、その時——。

視界の片隅で何かが、上から下に凄いスピードで落ちた。

俺はつい固まってしまう。もちろん頭が真っ白になったというのもあるし、ゲームの中の自分も同じ状況なのか、コントローラーが数秒言うことを聞かなかった。
一瞬の逡巡の後、何かが落ちたその場所へ向かった。

「戦闘開始まで、10秒」

そんなアナウンスが聞こえた時、俺はその落下物の正体を目にした。それは、人間だった。戦闘服のカラーが違うので、敵の女であると思われる。だけど、後頭部から真っ赤な血が滔々と流れていて、止血をしなければ危うい状況だ。俺は空を振り仰ぐ。入ろうとしていた建造物は地上十階建てくらいで、彼女がそこから飛び降りたのであろうことは容易に想像できた。でもどうして。

「戦闘開始」

カウントダウンはゼロになったが、俺はまだ彼女の元にいる。救急箱を自分用に一つだけ携帯していた。彼女に使ってあげようか。でも、彼女は死にたくて死んだのかもしれない。それなら応急処置をすることが彼女にとっては余計なお世話かもしれないし、却って恨みを買ってしまうかもしれない。銃声が遠くで聞こえる。さあ、どうする。

彼女のバックパックの中身を確認すると、紙の切れ端が出てきた。そこには、こんな言葉が書いてあった。

「最近やっとエイムは正確になってきたし、いっぱい人を殺せるようになった。でも、前まで怖かった銃の感触にもすっかり慣れてしまって、それが日常になっていた。私はもう人を殺したくない。だから、私自ら死にます」

俺はそれを見て、大声で泣いた。
銃声は、確信を持って俺の元へ迫ってきた。

必死で救急箱を彼女に使った。そして俺は彼女と入れ替わるように、後ろからの銃弾で命を失った。

目が覚めると、暗くて狭い部屋の中にいた。

上を見ると、伸びてしまったニットや縮んでしまったTシャツや、レディースだった事に気付かず買ってしまったパンツがハンガーに掛かっている。ここで俺は、クローゼットの中にいると気付いた。夢を見ていた。
でも、クローゼットの外は眩しく、楽しげな笑い声が聞こえる。気まずいな、と思った。人が笑っていると、自分が笑われているように感じるのは何故だろう。クローゼットの外にいる奴らが談笑し続けていたら、俺はずっとこのまま我慢しているかもしれない。気まずさの為だけに、俺はこのクローゼットの中で餓死するかもしれない。俺はそれから数時間、光と嬌声が消えるまで、音も立てずクローゼットの中に潜んでいた。

右手に拳銃を握っていた。さっきまで夢に見ていたFPSのゲームに出てくるようなライフルやスナイパーではなく、散弾銃のようなものである。
心臓の鼓動が早くなる。俺はずっと、自殺をしようとしていたのか。試しに、こめかみに銃を当ててみる。おかしな事を言うようだけど、懐かしいなと思った。
クローゼットの扉を少しだけ開け、そこにできた隙間から外の世界を覗く。数メートル先に俺がいた。

真夜中にランタンを点し、机に向かって万年筆を走らせる俺だった。寝間着で着ているTシャツには、凄くありきたりだけど、筆文字で「自由」と書かれている。

「そういうことか」

俺は思わず喋ってしまったが、独り言の声はそこまで大きくなかったのだろう。もう一人の俺には気付かれなかった。

今俺が見ているのは、自分なりの〝自由〟があった頃の自分だ。〝自由〟が〝表現〟だった頃の自分だ。〝表現〟が自分にとって〝自由〟ではなく〝義務感〟になった日、それはただ、〝不自由〟でしか無くなっていた。

なんて馬鹿なんだろう。自分で自由を追い求めていたはずが、最後に辿り着いたのは不自由でしかなかった。自分で自分の首を縛って、苦しみ、絶望し、不幸になっていた。手元に落ちている鏡を拾って自分の首を見ると、深い縄の跡が残っていた。

〝表現〟をしないと自由ではいられないという自己暗示を掛けていたり、自分は軽はずみに発した言葉で誰かが今頃自殺しようとしてるんじゃないかと本気で不安になったり、俺はつくづく愚かな考え方をしていた。そのせいで、息がしづらくなっていた。

夢で見たあの女の子も、きっと同じような夢を見ていたのだと思う。彼女を救うことは、自分を救うことだった。俺は拳銃をこめかみに当てた。
〝表現〟なんて形式を取らなくてもいい。
思っていることを溜め込まなくていい。
俺は何も出来ないなんて思わなくていい。
死にたいなんて考えなくていい。
頭の中で考えてることを、ぶっ放せ。
それで失敗した時は、俺が慰めるから。

俺は笑顔で、引き金を引いた。

\ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン……

そこで俺は、目を覚ました。電車の中である。
そこまでが全部、夢だった。
俺は涎を拭って、次の停車駅を確認する。

まもなく、明治神宮前(原宿)——

あまりに有り触れた、千代田線の日常風景だった。ずっと右手に感触があって、まさか銃かと驚いたけれど、それは銃ではなかった。ただの、スマートフォンだ。

俺は寝起きなのに、〝表現〟がしたいなと
ぼんやり考えている。
センスがあると言われたい。
お洒落だと言われたい。
天才だと言われたい。
承認欲求は留まるところを知らないが、それは人間だから仕方がない。何だか難しい夢を見ていた気がするが、それももう覚えていない。

目立ちたがり屋だと後ろ指をさされても、それで結構だ。俺はそれでも、自分を認めてくれる誰かに出逢いたい。原宿で降りて、好きな古着屋に行くことにしよう。そしてまた、着飾って街を歩くのだ。

駅から出ると、街は自由の色に溢れていた。
この街には自由を掴んだ人もいて、僕みたいにまだ、夢を見ている人もいる。
名前を呼ばれた気がした。
自由が呼んでいる。

【完】

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