
幸せって不機嫌にしてると来ない。
どんどん勝ちに鈍感になっていく。
これはトレードを続けるうえで、誰もが直面する感覚だよな。
最初のうちは、たった一回の勝利に心が躍る。
勝てるようになった頃、
毎日それはそれは最高の気分だった。
しかし、それが積み重なると、
次第に「勝つこと」が当たり前に感じられるようになる。
小さな勝利は「またか」で済ませるようになり、
大きな勝利ですら、
「まあ、こんな日もあるよな」と淡々と受け流す自分がいる。
この冷静さは、プロとしての成長とも言える。
感情に振り回されない姿勢は、仕事において確かに必要な要素だ。
けれど同時に、人間としての「喜びを感じる力」を失っているのではないかと不安になることがある。
成功を「当然の結果」と思い始めたとき、
僕たちは次にどこにモチベーションを置くべきなのだろうか。
そして、この感覚はトレードだけの話ではないよな。
営業で契約を取ること、
プロジェクトを成功させること、
日々のタスクをこなすこと――
最初は嬉しかった成果も、いつしか「想定内」に収まり、達成感が薄れていく。
この「鈍感さ」は、すべての職業や、
大人になるにつれて、全てに共通するものだ。
そしてその結果、仕事や暮らしそのものに、
喜びややりがいを見出せなくなる瞬間が訪れる。
勝ちと負け、成功と失敗。
幸せな瞬間と不幸な瞬間。
良いより悪い方を大きく感じてしまうものだと思うから、
意識を持って、この対極的な2つをできるだけ等価に捉える感覚を目指したいよな。
しかし、
無難に生きれてても、
僕らはそれに慣れていって、
幸せを幸せと感じなくなるなんて、
幸せってやっぱり難しい。
トレードでは10万円勝つことと10万円負けることをできるだけ等価で本当は感じたい。
まあプロとしては、多少の勝ちを喜べないのはまあ良い。
でも、常識的な金額を遥かに越えた収支を毎日叩き出してても嬉しくないのは寂しい。
現実には些細な小さな負けのほうが、圧倒的に心に響くから、それではどこまでも合わない。
仕事でも同じだ。成功が当然になり、失敗したときだけ大きく落ち込む。
一人前に仕事をこなす事が当たり前で、
そこには加点せず、
失敗した時だけ何かを失った感情が残る。
この「割に合わない感情」をどうにかバランスさせるには、
「楽観力」が必要なんだよな。
「楽観力」って言葉は、「楽観」に「力」をつける事で、これが人の能力なんだというニュアンスで、
「楽観力」という言葉を定義する事に、
まずは結構な意味がある。
「楽観力を上げる事。」
これがめっちゃ大事だと思う。
今日言いたいことってのはこれに尽きる。
30代、40代の社会的に成熟した僕ら世代には、特に今、楽観力が必要なんだろうな。
楽観力とは、ただの無責任なポジティブさではない。楽観主義とは違う。
楽観力は、楽観主義とは違い、ちゃんと成果に真摯に向き合った先にあるものだ。
挑戦自体を楽観視してるわけじゃないんだよな。
失敗をおもいっきり食らっても切り替えが早く、
嫌な気分に引きずられず、
次の一歩を踏み出すための精神的な柔軟性を指してる。
次々といろんな事に挑戦し、経験を積んでいく。きっと楽観力のある人って、その数が違う。
だから多少の失敗も多い。
挑戦の数に比例して、確かにたくさん失敗するんだろうけど、きっと何個も成功も掴んでるはずだよな。
それでいて挑戦ってものには、
「軽さ」ってのが、結構重要なポイントだよな。
長く悩んで出した結論は重い。
ダメだった場合の損切りが遅れたりする。
軽く結論をだして、サッと挑戦する方が、
常に冷静な判断を下せそうだよな。
大きな実験を一つするより、
小さな実験を何個もする方が良い。
ってのは、商売の鉄則だ。
「楽観力」ってのは、
落ち込みからの回復の速さだけにとどまらず、
次の成功すらももたらすんだって話だ。
「まあ、こんな日もあるさ」とか、
「昔に比べれば今は幸せ」とか、
楽観力を高めて、悪い状況でもネガティブを引きずらない。
だから次にポジティブになれる。
この力を養いたいよな。
最後に。
仕事でもトレードでも、生き続けていれば全てが、エキサイティングじゃなくなる瞬間は誰しもにある。
どよーんとした感情で暮らしてる時は何度もある。
その状況に不満があるんだとして、
でも、そこに対して、
じゃあ結果が出るほどの努力を本当にしてるのか?
って議論もある。
してるんなら良い。悩む権利はあると思う。
でも、してないならしてない事を、
やっぱり認めなきゃいけないよなって思う。
僕は実際、もう昔ほど努力して生きてないと思う。
いや、頑張ってる!って感情もそりゃあるけど、
やっぱり、正直なところ、ダラダラ生きてる様な気がする。
だから今日も、「俺はこんなもんだよな」って、
認めてご機嫌に生きなきゃいかんよな。
ご機嫌に生きた先にしか、
次への希望は持てないものだし、
幸せを幸せって感じれないよな。
*写真はニュージーランド。
窓にハートが落書きしてあるなんともご機嫌なカフェ。