【お題縛り小説】もう薄荷飴が食えない
未明さんは大潮の日、物の少ない部屋であわく薄荷のにおいがしていたことについての話をしてください。
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部屋の片づけを手伝ってほしいと言うから来てみればこれだ。
お前はいつものようにドアを開けて出迎えてくれたが、お前の肩越しに見る部屋は、いつものようではなかった。口を開けたいくつかの段ボール。がらんとした部屋はやたらと声が響いた。
「お前、どうするの、こんな」
びっくりしすぎて言葉が出ない私に、お前はなぜか申し訳なさそうな顔をした。
「引っ越すんだ」
埃避けのマスクを手渡してくれながら、お前は言う。
「手伝いって、もうこれほとんど終わってるじゃん」
「そうなんだけどね、そうなんだけど」
お前は目を伏せて、転がっている燃えるごみの袋(見覚えのあるものでぱんぱんに膨れている)をつま先でつついた。
「どうしようね、誰にも内緒でいなくなるつもりだったんだけど」
「お前はいつもそうだ」
有名なミームが、全く無意味に唇から零れ出る。お前は、ふふ、と小さく笑った。笑いごとにしたのは私だが不本意な気持ちだった。
そういえばこいつは唐突に私の人生に出現し、意味が分からないうちに距離感が一気に縮んで、部屋の片づけを手伝いたいとか言われて遠慮なく部屋に上がれるような立ち位置になったのだった。今思い出した。あの時の唐突さと、今日の唐突さは一貫している。次の街でもきっと、お前は私にそうしたように、突然誰かの人生の途上にポップするんだろう。それまでの過去なんて、何もなかったかのように。
嫌だな、と思ったが、引き留めてやる適切な理由が思いつかない。
「お前はいつもそうだ」
「……うん、そうだね。そうなんだよ」
お前は笑う。苦い笑いだ。そんな笑い方をするなら引越しなんてやめちまえばいいのに。
仕方ないので嘘くさいミントの匂いがするウェットシートであちこちの床を拭いてやる。お前は黙々と段ボールの蓋を閉じてガムテープを張って、何が入ってる箱かを丁寧に書いていく。
「ほんとは君のことも持っていきたいんだよ」
「箱に詰めて?」
「詰めて」
「やだよ窮屈だもん」
やだよ、というのは箱詰めにされることに関しての感想であって、お前に伴って次の街に行くということについては、誠に遺憾だが少しも嫌ではない。
「どこ引っ越すの」
「ないしょ」
いくばくかの希望を孕んで宙に浮いた言葉は結構無情に叩き落とされた。
「迷惑をさ、かけるかもしれないから」
今まで部屋の片づけを普通にやらせる間柄の人間に今更何を言っているんだと思うが、言葉がつかえて出てこない。へらへらふにゃふにゃしやがっている奴の背中がこういう時だけ無言の圧力を伝えてくる。ずるいな、と思う。思ったから、
「ずるいな」
と言うと、お前はまた笑う。今日気づいたがお前は答えに困ると笑うのだ。ふにゃふにゃへらへら。
基本的にものがないお前の部屋の片づけなんか一瞬で終わるのに、なんで私のことなんか呼んだんだ。なんでわざわざいなくなることを知らせたんだ。別れを惜しむ自由も、まだ関係が続く希望も、中途半端に持たせて叩き捨てやがって。
お前はいつもそうだ。