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ループする朝の風景

毎朝、私は同じカフェでコーヒーを注文する。このカフェは会社へ向かう前の最後のオアシス。けれど、最近気づいてしまったことがある。

毎朝、周りの客が同じ会話をしているのだ。

「今日はいい天気ねえ」と年配の女性が笑い、隣のカップルは「週末、どこか行こうか?」と顔を見合わせている。すぐ近くでは、常連らしいビジネスマンが新聞をパタリと閉じて「株価が下がったね」とため息をついている。

最初は気にしなかったが、次第に違和感が膨らんでいった。毎日、同じ席に同じ人が座り、まるで録音されたように同じセリフを繰り返すのだ。

気味が悪くなり、私は他の客に話しかけてみることにした。「すみません、ここには毎朝来られてるんですか?」

しかし、相手は私の声が聞こえないかのように、まっすぐ前を見つめて「今日はいい天気ねえ」とまた呟くだけだった。

これはまるでゲームの世界だ。そう気づいた瞬間、私は決意を固めた。何かを変えなければ、このカフェの異様なループから抜け出せないかもしれない。次の日、私はいつもと違う行動をとることにした。



カフェのドアを開けると、いつもの年配の女性が座っている。しかし、今日はその前に立ち、声をかける代わりに、軽く彼女の肩を叩いてみた。

すると、驚くことに女性のセリフが少しだけ変わった。「今日は…あれ、あなた誰?」と、彼女の目が私を見たのだ。

この変化に私は胸が高鳴った。小さな変化が、この異次元のカフェに命を与えることを知ったからだ。私はその後も少しずつ行動を変え、毎朝、違う行動を試みた。別の席に座ったり、誰かの新聞をひっくり返したりして、他の客が少しずつ「目を覚まして」いくのを感じる。

ある日、店の全員がふとした瞬間にこちらを向き、一斉に「おはよう」と微笑んだ。その瞬間、私はカフェの異次元ループから解放された気がした。

翌朝、カフェはいつもと違ってざわざわとしていた。今日は「今日はいい天気ねえ」でも「株価が下がったね」でもない、彼らの本当の声が聞こえてくる。「昨日ね、素敵な映画を観たの」とか、「久しぶりに子供と遊んだよ」など、温かい日常の声が響いていた。

私はその声に耳を傾けながら、コーヒーを一口飲んだ。あのカフェが「ゲーム」から「現実」へと戻ってきたのだと実感し、少しだけ微笑んだ。

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