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『魚服記』のスワと『紅い花』のキクチサヨコ




太宰治『魚服記』のスワと、つげ義春『紅い花』のキクチサヨコが、とても似ている。


紅い花を初めて読んだときは衝撃を受けました。
私が魚服記と出会ったのはだいぶ前の話で、太宰の短編作品の中でもかなり好きな方なのですが、そこに出てくるスワという少女に抱いていたイメージが、紅い花の主人公キクチサヨコとあまりにもマッチしていたのです。
さらに、話の展開は違えど、根底に流れるテーマみたいなものの共通性を勝手に見出して夜も眠れないので、今日はその話をします。



『魚服記』は太宰治の最初の短編集『晩年』に収められた作品で、本州の最北端に位置する、普通の地図には載らないほどの背丈の低い小山 ”馬禿山” の裏にある滝のそばで、たった二人で茶店を営む父と娘(スワ)の暮らしを軸として進む物語です。

この話の最後、恐らく15、6歳になったスワは、炉ばたでうとうと眠って父の帰りを待っていると、いきなり疼痛を覚え、ついでに父親の酒臭い呼吸を聞き、わけも分からず外に走って出て滝の中へ飛び込み、しばらくすると自分が大蛇になっている(!)ことに気づいてもう小屋に帰れないことに喜ぶ小さい鮒(スワは自分が大蛇になったものと思い込んでいたが、実際は小さな鮒であったのだ)になるという衝撃的な姿で描かれる。

スワはいきなり父から近親姦を受けた上に、滝の中に飛び込むと当たり前のように小さな鮒になって泳ぎだしたのです。何というラストだ!


一方で
つげ義春の『紅い花』はかの有名な『ねじ式』と並んで代表作と称される作品の一つです。キクチサヨコは山中の小さな売店で店番をしているおかっぱ頭の女の子で、作中に出てくる「六年二組の不良のマサジ」によると「同級生なれど二年もどりつした落第生」とのことなので、14、5歳とみるのが妥当でしょうか。大体スワと同じくらいの年齢ですね。

キクチサヨコ。とてもかわいい

まずビジュアル面で想像していたスワのイメージが、まさに上のような「短い髪にきょとん顔、しかし時たま目つきの鋭さを感じるどこか野性的だがパッと見可憐な少女」だったので、妄想の中の人物が急に目の前に現れたかのような感覚に陥り衝撃を受けました。この時点で私は完全にキクチサヨコをスワに重ねて読み進めます。もしかしたらこの子も最後スワと同じ目に合ったりして…と半信半疑半期待で。結局何も起こらなくてよかったですね。まあそもそもつげ義春自身にそんな意図があったという情報は一切聞いたことがないので実際関係ないんでしょう。あくまで個人の感想です。一人でテンション上がってなんだか悲しくなってきました。



次。内容に関する話。

『魚服記』を語るうえで欠かせないテーマとなってくるのは、何といっても”スワ自身の成長”です。特にラストで父親から受ける仕打ちはスワの女性としての成長を直接的に表した出来事として挙げられますが、他にも、作中で「このころになって、少し思案ぶかくなった」ことや、口答えするスワに対して父親が「ぶちのめそうと思った」が「スワがそろそろ一人前のおんなになったからだな」と考えて堪忍してやった、というエピソードからもはっきり読み取ることができます。最後主人公が鮒になって終わるこの物語が果たしてハッピーエンドなのかそうでないのかはさておいて、スワ自身にも、自分の成長が物語の中で大きな影響を及ぼしているというのは間違いない。

一方で紅い花。こちらの「成長」は分かりやすいですね。
元々「紅い花」というのは少女が初潮を迎えて大人になることの隠喩だそうですが、物語の序盤からずっとキクチサヨコは「腹がつっぱる」と言い、この物語の最も印象深い場面では、川に入りうずくまる彼女の周辺から不思議な「紅い花」が渓流の流れに沿って舞うように流れていきます。それをたまたま目撃した不良のマサジは何が起きているか分からないながらもサヨコの体を案じ、結局彼女をおぶって下山を手伝ってやるというラスト。その後どうなったかはわかりませんが、少なくとも誰からも犯されることなく、大蛇にも鮒にもならなくて済んで本当に良かったね。


もう何が言いたいのかはお分かりだと思いますが、とにかくどちらの物語も、一人の少女を通して描く世界が非常に似通っているのです。ここまで荒ぶって書き連ねているのは単に私が太宰治もつげ義春も大好きゆえに思いがけず発見した両者の共通点に大興奮しているというのは確かにあるんですが、似たような感想を持った方がいるかと探してもなかなか見つからなかったこともあり、これは私が書かなきゃいけねえやつだ(使命感)と思ったからでもあります。興味のある方は是非両作品とも読んでくださると万年趣味押し付けたい盛りのクソオタクとしては大変嬉しい。



以上です。が、本質からズレると思って後回しにしていて書き忘れたことが一つありました。

スワもキクチサヨコも山中の小さな店の店番をしているというのは先程申し上げた通りですが、作中で印象的に描かれる、二人の通りすがりの客への呼びかけ方もそっくりなんです。

スワ「休んでいきせえ」
キクチサヨコ「寄っていきなせえ」

もうここまできたら狙っているとしか思えませんね。そんで二人とも本当にめちゃくちゃ可愛いですよね。個人の感想ですが。まじでかわいい。



以上です。読んでくださった方ありがとうございます。

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