見出し画像

ちくわの話

読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます

今回の話は、
私が大学生で親のすねかじり全開だった頃ですので…かれこれ20年以上前のお話です

当時は実家から離れた大学に進学したのでアパートを借りて一人暮らしでした

バイトをしたり、授業を代返で乗り切ったり、サークル活動に勤しんだり、いわゆる無難な学生生活を送っているうちに
やがて2年生になり、後輩が入学してきました

そして、同じサークルに入部した一年の女の子とお付き合いすることになります

彼女は変わった娘で、いつも黒ミサ?みたいなゴスロリファッションに身を包んでおり、大学内でも結構目立つ娘でした

なので、付き合いだしたときに手を繋いで歩いているとちょっと気恥ずかしかった記憶があります、懐かしいな………脱線しました、戻ります

ある時、そんな彼女が手料理を振る舞いたいと部屋に来たのです
いつもの黒ミサスタイルに黒くて長い爪でメイクバッチリで!

…え、料理できるの、それで…

しかし付き合って1か月ほどしか経っておらず、さらには幼さの残る彼女にまだ遠慮がある頃で、何も言えはしません

一応、調理前にはエプロンは締めてくれました
すごく可愛いフリフリのゴスロリエプロンでしたが…

とはいえ、彼女の手料理に当時の私はドキドキワクワク、俺ってリア充だなぁと幸せを噛み締めていました、ごめんなさい過去なのでお許しを…

そんな彼女のその日のメニューは、なんと煮込みうどんでした!

私は古い人間ですので、カノジョの手料理と言えば肉じゃがなんかが思い浮かび、煮込みうどんとはちょっと変わったチョイスかなと思ってました

調理が始まるとそんな格好とは裏腹に、きちんと昆布と鰹節を使って出汁をとり、具材のねぎ、舞茸、そして…ちくわをそれぞれに切っていきます

彼女いわく、ちくわの甘さが汁の味に絶妙なバランスを与えるんだそうで…
お肉とかお魚とは違った美味しさ、とのこと

若いのに普段から料理してるんだなぁ、と感心しました

そういえば、彼女のお父さんがフランス料理のシェフだったのも少しは影響を及ぼしてるかもしれません


良い匂いがしてきた台所で
料理をしている彼女と雑談をしながら出来上がりを待っていました
ふとまな板の上に目をやると、袋に残された一本のちくわが

「これは残ったの?」

それを指差し尋ねると、彼女は頷きました

「じゃ、いただきます」

ひょいとそのちくわをつまみ、口に入れようとしたその時でした

「ダメです、先輩!」

「えっ!」

彼女は甲高い声で叫び、私の手からちくわを取り上げます

「なんで?残ったんでしょ?キミが食べるの?」

「違う!そうじゃなくて、先輩、知らないんですか?」

ふんわりした感じのいつもの口調とは全く違い、声を振り絞るように喋るその勢いに押され、動揺した私は間抜けなトーンで

「え?何のこと?」

「ちくわのことですよ!」

彼女はなおも怖い顔で私に向かって真剣に話します

それをうけて私も必死に頭を巡らせて理由を探る…だかしかし、全くわからない、ちくわを食べようとした私をなぜ必死に止めるのか?

「危ないんですよ、ちくわ」

えっ?

それまでの私の人生でちくわが危険だったことなんて…なかったよな…?

幼児が喉に詰まらせ…とかはあり得るけど、中肉中背の19歳の男性に向かってこの小さなちくわが危害を加える事を想像出来ず、

「ちくわの何が危ないの?」

素直な気持ちそのままを質問に変えて彼女に投げかけると

「ちくわは生で食べたらダメです!危ないんですよ、お腹壊すだけですまないから!」

まるで母親が子供を叱るように、しかもややドヤ顔で彼女が私を諭します

「ちくわは生じゃな…」

と、私は話しかけて…やめました
きっと真剣に心配してくれたんだ
いくら加工品とはいえ、一応火を通したほうが安全なのは確かだし

「あ、教えてくれてありがとう、ごめんね、知らなかったから」

「結構知らない人もいるんですよ、ちくわって内臓とっただけでそのままだから、きちんと火を通さないと危ないんですよ」

あ、そういう方向?

ちくわは生だったんだ

ちくわの穴って内臓入ってたトコなの?

ちくわはあのまま、いや、あの穴が詰まった状態で海なんかを泳いでるってこと?

水揚げされた新鮮なちくわ(穴がまだ無い状態)を、加工業者さんが特殊な機械を使って、中心部の内臓だけをうまく処理して食卓まで!ってことなの?

彼女が今まで送ってきた人生に、
ちくわにきゅうりを詰めたおつまみや
チーズやサラミを入れたりしたオードブルみたいな物は存在しなかったのでしょう

ちくわの袋に書いてある原材料とか…
見ないよな、きっと…


私は彼女に確かめたりする事はせず、そのまま生でちくわを食べるのはやめて、煮込みうどんの出来上がりを待ちました

「出来ましたよ、美味しいですよー」

ほかほかの湯気が上がるお鍋をテーブルに載せて、お椀に取り分けてくれる彼女

「おかわりたくさんありますからね」

「いただきます」

やっぱり、きちんと火を通したちくわは

生と違って

美味しくて、危なくなかったですw

そんな彼女が、今は私の妻に…なんて事はなく
2年ほどの後にお別れしました

…ちくわについては追及しないままに…

彼女は今もきっと

生のちくわは危ないから火を通して安全に食べていることでしょう

いや、さすがに20年以上前だもん、無いか…

待てよ…ひょっとして、私担がれたんかな?
知っててわざと…

真相は闇の中

とはいえ、
昔の思い出の中も
生きている今も

平和だなぁ…

いいなと思ったら応援しよう!