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コロナと初夢:人生の建て替え

2025年の始まりは惨めだった。父が数年前から売りに出していた実家がやっと売れて、実家で迎える最後のお正月ということで日本に帰国することにした。私たちが住んでいるハワイ島はちょうど涼しく爽やかな季節で、わざわざ寒い日本に帰らなくてもいいのではと思ったが、夫の希望で帰国を決めた。私の両親に可愛がられた彼にとって、良い思い出がたくさん詰まっている実家での最後のお正月は特別な意味を持つからだ。

ちなみにその家には私が高校生の時に越したので、実家が無くなることは寂しいが家への思い入れはそれほどでもない。

クリスマス前に帰国して初めの1週間は事務的な用事を片付けたり、しばらく会っていなかった親戚の家に招かれたりと忙しくも楽しく過ごしていた。ところが年末が近づくにつれて鼻風邪のような症状が出始めた。喉は痛くならないし、微熱程度の熱しか出なかったので、すぐに治るだろうと思っていた。

ところが、大晦日の晩になっても調子は悪いままだった。そこで、家族が揃う前に念のためアメリカから持ってきたコロナの検査キットを使ってみたところ、まさかの陽性だった。

そこから昔の自分の部屋での隔離生活が始まった。大晦日はそれでも元気だったので、YouTubeなどを見ながら、家族が持ってきてくれるお節を一人で食べていたが、翌日からコロナ特有のだるさがやってきて3日ほどはほとんど寝て過ごした。夢も覚えていない深い眠りであった。初夢どころではない。

父が私の食欲がないことを心配して、味噌汁やうどんを持ってきてくれたが、三が日は全く何も食べられなかった。父の引っ越しやおせち料理作りの手伝いをしようと帰ってきたのに、反対に87歳の父に世話になるアラカンの娘である。

それでもなんとかハワイに戻る日までには陰性になり予定通り帰宅できた。ただ帰ってきてからも体調はあまりよくなく数日はうつらうつらとして過ごした。そのときは盛んに夢は見ていた。

ほとんど覚えていないのだが、一つだけ印象に残る夢を見た。

大勢の大工さんたちが私の家を建て替えている。棟梁らしき人が棟上げが終わった私の新しい家をちょっと得意そうに見せてくれている。皆がワイワイと作業をしている活気のある雰囲気がとてもリアルで、 目覚めて家の中に私と夫しかいない現実に気づいた瞬間、あの活気に満ちた夢の情景が一気に消え去り、軽いショックを覚えた。

家はその人の自己や心の構造を象徴することが多い。例えば自己評価がとても低いクライエントが豪華な家に住んでいる夢を報告したことがある。これは夢が「あなたは自分が思っているよりもずっと価値があるのですよ」と教えてくれていると解釈した。また地下室に降りて行ったり、今まで知らなかった部屋を見つけたりすることは、夢見手が無意識にあるものを発見している可能性が考えられる。

私の夢は家自体が建て替えられている。つまり自分のあり方や生き方に根本的な変革が起こっているということだろう。ここ数年、私は新しい生き方を模索している。セラピストを天職と信じて30年以上やってきたが、それだけでは満足できなくなってきたのだ。でも身についた習慣的な生き方を変えるのは簡単なことではない。

ハワイ島に越したのも、noteを始めたのも、kindle本に挑戦しているのも、仕事の時間を大幅に削ったのも、フラを始めたのも、新しい人生を見つけたかったからだ。そんな中でこの夢を見て、棟梁や大工として現れた無意識が新しいあり方の土台作りを手伝ってくれたのだと感じて胸が熱くなった。そして「内装やデザインは自分でやってごらん」と言われた気がする。

ちなみに初夢は「一富士二鷹三茄子」の夢の印象が強くて吉兆を占うものと一般には考えられがちだ。でも私が知る限り、ほとんどの初夢は吉兆よりも、夢見手のその年の課題を見せてくれる。

長女気質で良い子としてどちらかというと自分を型にはめるように生きてきた私には、新しい家、つまり新しい人生のデザインを自由に私が決めていいというのは、相当な冒険である。ワクワクするが私にできるだろうかという不安も出てくる。でも古い生き方は十分やったのだから、やはり冒険してみたい。だから私の初夢が教えてくれる私の課題は、周りの期待ではなく自分の声をよく聴きながら自分の人生を自由に作っていくことだろう。

苦しい幕開けだったが、コロナを通じて体験した家族の温かさ、そして初夢から得た学びは何ものにも代えがたい。今年はきっと、ここから良い方向へ進むに違いない。


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