萌えるお兄さん

2019年シーズンを終えた11月、プロ野球ぴあからベイスターズの2019年メモリアルブックが発刊された。
そこに、石川雄洋のこんな言葉が記されていた。

「もう1回、18歳になって今のチームに入りたい」

読んだ途端、私は涙がボロボロ出てきた。
そうだよね、雄洋。
君が18歳で入団した時、今のようなチームだったらどんなによかっただろう。

思えば数年前まで、私は石川雄洋があまり好きではなかった。
中畑監督が就任して3年目の頃、ベイスターズファンである私の弟が聞いてきた。
「姉ちゃんはさ、石川雄洋のこと嫌いでしょ?」
ギクリとした。
「なんで?」と聞くと弟は
「だって、チャラいから」

そう、私はチャラい男の人が苦手だ。
正直、石川雄洋のこともチャラいと思っていた。
弟が察していたように、石川雄洋あまり好きな選手ではなかった。
サッカー選手かのような茶髪のヘアスタイル、ベンチでいつもかったるそうにふんぞり返る座りかた、覇気のない喋りかた、たまに雑誌などで見る私服姿はどこで売ってんだそれ?と思わせる謎のファッションセンス。
それら全てが、私の中のチャラ男要素を充分に兼ね備えていたのだ。

唯一嫌いじゃなかったのは、彼の後ろ姿だ。
左打者の彼が打席に入ると、一塁側にいる私には彼の後ろ姿が見える。
そこには嘘みたいに長い脚が2本はえている。
なんでこんなに脚が長いんだ?膝下が長いのか?いや、膝上も長いよな…。
そしてキュっと上がる締まったお尻。
なんでこの人はモデルにならなかったんだろ?
そんな彼の後ろ姿をボーっと見ているうちに、いつの間にかアウトカウントが増えていた。

「ったく、また凡退かよ、この金髪野郎め!」
と、心の中で叫ぶ。

なのに、不思議だった。
多くの選手が、石川雄洋と一緒にいるとなぜかやたらと嬉しそうなのだ。
あの筒香嘉智も、石川雄洋が一軍にいるといつもベンチで隣をキープし、付き合いたての彼女のように彼にニコニコ話をしている。
練習中も母親に甘える息子のように、ベタベタと石川に絡みつく横浜の4番。
いくら横浜高校の先輩とはいえ、筒香は先輩ってだけでヘコヘコする男ではないことはファンなら分かっている。
筒香は野球にストイックな男でもある。
そんな筒香が、いつもやる気がなさそうに見える石川雄洋の何がそんなに好きなのだろう?

そんなとある、2015年7月3日。
私は1人で横浜スタジアムに観戦に来ていた。
相手は苦手な阪神。
この日も8回まで3-1で2点差のリードをされていた。
2点差でありながら、すっかりどんよりした空気の1塁側スタンド。
あと1イニングで最強阪神から2点も取れるわけないだろ?心の中でボヤく。
後ろにいたサラリーマン2人組は「はぁーもうムリムリ。勝つわけないよ!」と前の回に帰ってしまった。
私も帰ればよかったかな…。

9回裏の攻撃、先頭バッターのバルディリスがセンターに抜けるヒットを打つと、代打後藤武敏はライトスタンドへ2ランを放ち突如同点に追いつく。
奇跡だ!帰らなくてよかった〜
続く高城もセンターに抜けるヒットを打つと、飛雄馬がバントを決めて高城は2塁に進む。
さあノーアウト2塁、次のバッターは? あ、石川雄洋…。

でも何故だろう、この日だけは彼を信じてみたいと思った。
石川が決めてくれる、石川に決めて欲しい!
盛り上がるライトスタンドの応援に合わせて、私はチャンテを目一杯歌った。
「ゴーフォーイッ!ベイスターズ!」

次の瞬間、彼が放った打球は見事に右中間を抜けサヨナラヒットとなった。
ベンチから飛び出してきたチームメイトに勝利の水をかけられる石川。
いつもやる気がなさそうに見えた彼は、飛び跳ねて喜んでいた。

そんな彼のふとしたしぐさが、涙をぬぐっているように見えた。
あれ?あの石川が嬉し泣きなんてする?きっと、かけられた水をぬぐっていただけだろう…。
でも私は、知らなかった彼の一面を見てしまった気がしてなんだか胸が熱くなった。

試合後、自然とハマスタのショップに向かっていた。

そこで私は「7 ISHIKAWA」と書かれたタオルマフラーを買った。
彼のグッズを買ったのは初めてだ。今日の感動を、一生忘れたくない。この試合の記念にしよう。
私にとってあのサヨナラヒットは、一生残る一瞬だった。

あの日から私の彼への印象はガラリと変わった。
たまに彼のことをチャラい、やる気がない、なんていう人がいると「いや、そう見えるでしょ、でも本当は違うんだよ、やるときゃやるんだよあの子は!」とお節介おばさんのように諭してあげたかった。

その後入団してきた選手たちは、筒香と同じように石川雄洋を慕った。
横浜ウォーカー2019年4月号に、ベイスターズのチーム内相関図が載っている。
石川への好意の矢印はたくさんあり、こんなコメントがあった。
戸柱恭孝「1年目の誕生日に石川が食事に誘ってくれたことに感謝」
伊藤光「移籍したての頃、石川が積極的に話しかけてくれたことに感謝」
感謝のオンパレードである。
そんなふうにしてるとは、やっぱりみじんも感じさせない石川雄洋。
優しくしてもらってる選手たちに、なんだかジェラシーをも感じてしまう。

2019年8月4日。
石川雄洋は1000本安打まであと1本に迫っていた。
私はテレビで応援しながら、その時を待っていた。
彼はスタメン起用されたものの1打席目はライトフライ。2打席目は三振。
ふぅ、焦らされるなぁ。
そして6回裏の攻撃、先頭バッターの石川雄洋が放った打球は、1塁線をフェアゾーンギリギリに抜けていった。
走れ!雄洋〜!!
彼はカモシカのような長い足で、あっという間に3塁へ到達した。

やった!ついに1000本安打!
しかも3塁打!!

ここにいるみんなから愛されているのを証明するかのように、いつも以上の大歓声に沸くハマスタ。
あの打球も、彼を愛するハマスタの神様が演出してくれているようにしか見えなかった。

試合後のヒーローインタビュー、呼ばれたのはもちろん石川雄洋。
目深に帽子を被りながらチームやファンへ感謝を語る彼は、こぼれそうな涙をぐっとこらえているようだった。

私はふと、あのサヨナラヒットの夜を思い出していた。
あの時も、さりげなく涙をぬぐっていた石川。
あの日も今日と同じように、私たちに感動をくれた。
闘志みなぎるプレーはあの時から変わらない。
いや、最初から彼はそういう選手だったのだ。

長い長い暗黒時代、腐らず練習を続け、DeNAベイスターズの初代キャプテンを務め、筒香にそのバトンを渡してくれた。

プロ入りして15年、どんな日々だったのだろう。
本当は他のチームに入りたかったかな。
古いファンの悪い癖で、ついそんなことを心配してしていたけれど、

「もう1回、18歳になって今のチームに入りたい」

メモリアルブックにあったあの言葉を読んで、暗黒時代は本当に、過去のものに出来たんだなとやっと思えた。

この記事にあった石川雄洋の写真は、チャラさをみじんも感じさせない、すっかりお兄さんになった姿だった。
いつからこんなに大人っぽくなったのさ。
でもね、私はチャラさもあった君も好きだったよ。
チャラそうに見せかけて、実は熱い男であるそのギャップが好きだったよ。

あと少し、ギャップ萌えさせてよ。
あと少し、萌えるお兄さんでいてください。

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