手術note13 短頭種閉塞性気道症候群
短頭種閉塞性気道症候群(以下、BOAS:Brachycephalic Obstructive Airway Syndromeとします)は、ご存知の通り、短頭種犬に特有の上気道の閉塞を特徴とする病態です。
今回はBOASについて
「手術はしたほうが良いのか?」
「手術はいつ行えばよいのか?」
という、よくいただくご質問にお答えしてみたいと思います。
「手術をしたほうが良いのか?」ということを考えるために、まずはこの病態がどういった問題を抱えていて、そのままだとどうなるのか、についての理解が必要です。
いつもちょっと苦しい
鼻の穴が半分くらい塞がるように鼻をつまんでみてください。
いかがでしょうか?呼吸がしづらくないですか?
ものすごい苦しい、というほどではありませんが、その状態で一日中生活をするとなったら嫌ではありませんか?
BOASで外鼻孔狭窄がある犬はずっとそうした状態で生活をしていると考えると、それが問題であることをイメージできるのではないかと思います。
このように普通に元気にみえる短頭種犬も、実は呼吸のしづらさを抱えているという可能性はあります。
しかし、犬はそれを言葉にして訴えることはできません。われわれが気づいてあげるしかありません。
イギリスでの調査ですが、実際に犬を飼っている人も含めた一般の方へのアンケートで、多くの人が短頭種犬における様々な臨床徴候は正常であると考えていることがわかります。
いびきをかいたり、ガーガーと大きな呼吸音をたてたり、すぐに苦しくなったりといった徴候は、たしかに短頭種犬にとってありふれたことです。あまりに一般的すぎて、ついついそれが異常とみなされにくくなっているのかもしれません。
しかし、普通にみられることだから問題ではない、というものでもありません。異常を抱えていることが一般的ではあるけれど、それはあくまで異常であり、不具合を抱えた状況であるということを私たちも認識をあらたにし、飼い主さんにも伝えるべきではないかと思います。
また、BOASの犬では消化器徴候(特に上部消化器徴候)の割合が多いことが示されており、これらはBOASの手術を行うことで改善するため、関連性があるものとされています。
だんだん悪くなる
BOASは基本的に「ゆっくりだんだん悪くなる」、慢性進行性の病態であるという認識はとても大事です。
BOASにおける気道の狭さは不変的なものではなく、徐々に悪化します。
気道が狭いと十分な呼吸のために吸気努力が生じます。気道が狭い状態での吸気努力は、気道内での乱流や陰圧を生み、それは気道の組織の浮腫や炎症につながり、そしてそれにより気道がさらに狭くなるという悪循環があります。
この悪循環が続くことで、咽頭の浮腫や肥大、喉頭軟骨の破綻(喉頭虚脱)、上気道筋の疲弊や線維化が進行します。
最初は様々な障害あっても、ある程度の段階までは呼吸の努力や上気道筋の働きによって最低限の呼吸は維持できます(代償期)。しかし障害がさらに進むと、やがては咽頭虚脱に陥り最低限の呼吸が維持できずに命をおびやかす呼吸困難へと陥ってしまいます(非代償期)。
手術はしたほうが良いのか?
ここまでに示したように短頭種犬の多くが「常にちょっと呼吸がしづらい状態」を抱えており、それは年々悪化して、場合によっては命に関わる呼吸困難へと進行してしまいます。
少しでも楽な呼吸ができるようにする、病状の進行を少しでも抑える、そうした目的で、多くの短頭種犬にとって手術は行ったほうが良いと言えるのではないかと思います。
BOASの手術の目的の一つは臨床徴候を軽減することです。軟口蓋過長整復術や外鼻孔形成術などの手術を行うことで、臨床徴候の改善割合が9割前後得られると報告されています。
また手術のもう一つの目的は病態が進行することを抑えることです。BOASは軟口蓋過長や外鼻孔狭窄だけではなく、さまざまな形態異常を含む症候群ですなので、すべてを手術で矯正して根治できるわけではありませんが、ほうっておけば進行する病態の進行を抑える効果は十分に期待できます。
いつ手術をすれば良いか?
手術の実施時期については明確な基準はありません。
ですが、時間が経過すればもともとの構造的問題に加えて、二次的な問題も生じ(例えば喉頭虚脱や咽頭虚脱など)、それらは手術を行っても可逆的であるとは限りません。また、そもそも病態が進行すると手術時のリスクが高まります。
そういった理由から、私は若い時期での手術を推奨しています。
臨床徴候が顕著になってから手術を行うのもひとつかもしれませんが、先延ばしにする理由も特にありませんので、少しでも臨床徴候があれば早い時期での手術をお勧めしています。臨床徴候がまだなくても、外鼻孔狭窄や軟口蓋過長が明らかである場合も早めに手術を行うのが良いと考えています。
去勢手術や避妊手術を同時に行うのは良い機会だと思います。
ご家族への啓蒙
先に書いた通り一般の方は、短頭種犬がいびきをかいたり、ガーガーという呼吸をしたり、すぐにハアハアと苦しそうになったりするのは普通のことで異常ではない、と考えていることが多いです。
まずはそういった徴候は普通にみられることではあるが、それは正常ではないのだということを理解してもらうことが大切だと思います。
以下のようなチェックリストで意識をしてもらうこともできます。
短頭種犬の生活の質の向上のために病態や手術についての理解が進み、呼吸が楽になるワンちゃんが少しでも増えると良いなと思っています。
(文章:QUARC動物病院 軟部外科担当 石川勇一)
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