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マルチバース理論と人間原理

今回は、「宇宙の微調整問題」と、それに対するマルチバース理論について書いてみようと思います。この問題は、「宇宙の形や未来を決めるいくつかの数値(宇宙項など)が、なぜ今の私たちが生きているような宇宙を作り出せるほど、ちょうどいい値になっているのか?」というものです。そのような「ちょうどいい値」になる確率は極めて小さいと素朴には考えられるのが、この問題の難しさの原因です。なぜそのような、都合の良いことになっているか?素朴な感覚では、とても不思議に思える問題です。

また関連することとして、次の問題もあります。私たちが住んでいる地球は、宇宙空間の中でも、「ハビタブルゾーン(生存可能圏)」と呼ばれる、生物が生存できる条件が整った場所にあります。しかし、これは太陽系の歴史の中でも非常に珍しい時期です。宇宙の時間の流れから見れば、ほんの短い間だけ地球は生命を育める環境にあります。それなのに、なぜ私たちは「ちょうどいい、このタイミングで」地球に生まれ、生きていられるのでしょうか?

実は、宇宙の微調整問題でも、地球のハビタブルゾーン問題でも、見方が悪いだけとも言えます。宇宙や太陽の寿命について考えられる知性を持つ私たちが生まれたからこそ、こうした疑問が生まれるのです。人類が生まれない宇宙や地球ならば、そもそもこのような疑問が出てくることはありません。このような考え方を「人間原理」と呼びます。

人間原理を踏まえると、我々のハビタブルゾーンは、特別な機序もなく、非常に低い確率のまま、たまたま生まれたと考えても、何も困りません。「我々は確かに存在している」ということ以上の深い理由は、要りません。全ては「我々は居る」という1つの事実に集約されるだけという立場です。我々が生まれるような宇宙の条件の微調整を敢えて考え出すことは、特に必要ないのです。人間原理を厳密に考えて出てくる、この回答は、本当に身も蓋もありません。しかし決して否定をされることのない、とても重要な可能性なのです。

この人間原理を考えると、宇宙の微調整問題への見方も変わります。たとえ宇宙のパラメータが低い確率の極めて珍しい値だったとしても、そうでなければそもそも人類は生まれず、この疑問を抱くこともできません。だから、「宇宙の条件がなぜこれほど都合よく整っているのか?」という問い自体が無意味だ、という考え方も成り立つのです。

しかし一方で、「神が人類を生むために宇宙のパラメータを選んだ」と考えることも、論理的に可能です。そして神を持ち出すこの説明に対抗した論と見なせるのが、「マルチバース理論」です。しかしこの理論も、人間原理での上の回答には敢えて目をつぶって、宇宙の微調整問題を真の問題と思って、それに対しての説明を与えようとする理論なのです。

マルチバース理論では、こう考えます。 「宇宙は我々の宇宙以外にも無数に存在し、その中のごく一部だけが生命を育む条件を持っている。私たちの宇宙はたまたまその条件を満たしていたから、人類が生まれたのだ。多宇宙の中では、それは必然だ。」

これは、「地球のような惑星がなぜあるのか?」という問いに対して、「宇宙にはたくさんの惑星があるから、低い確率でも、たまたま生命が育つ地球のような惑星があってもおかしくない」という説明と、同様の論理構造を持っています。

しかし、地球が在るからといって、純粋な論理だけで、多数の惑星の存在を導けるわけではありません。地球のような惑星は他にはない可能性だって、論理的には決して否定できないのです。実際に宇宙を探査、観測して、多くの惑星が観測され、その存在は証明されたのです。

同様に、我々が住む、この宇宙があるからといって、この宇宙以外に多数の宇宙が実在することは、論理だけでは、その証明に至りません。我々が現れる確率がどれだけ低かろうと、我々が生まれた事実から、宇宙が無数にある必要は論理上なく、宇宙は我々の宇宙だけであると主張しても、問題はないのです。この立場では、宇宙の微調整問題は単なる「お気持ち」の問題であって、非常にレアな確率で、我々の宇宙がポンと1つだけ生まれただけという主張は、論理だけでは永遠に否定をされないのです。もしマルチバース理論が科学として正しいと主張するならば、無数の宇宙を検証できる具体的な観測方法を提示する必要があります。

なおマルチバース理論で無数の数の宇宙を仮定する点については、入れ子的な無限個のシミュレーション世界を仮定する、哲学の「シミュレーション仮説」と、同レベルです。

しかし、マルチバース理論とは異なり、シミュレーション仮説は物理学の理論として認められていません。マルチバース理論が物理学の仮説として成立しているのは、現在確立されている物理法則をもとに議論を展開しているからです。一方、シミュレーション仮説は、「私たちの世界をシミュレートしている高次の存在が、既存の物理法則を超えた『超科学』を使える」という、根拠のない前提を必要とします。検証可能な物理法則の枠を最初から完全に超えてしまっているため、シミュレーション仮説は物理学の理論として扱われないのです。

シミュレーション仮説とは異なり、マルチバース理論には理論物理としての価値があります。しかし、繰り返しますが、マルチバース理論が本当に正しいのかどうかを判断するには、マルチバース理論でしか説明できない観測結果を見つけるか、実験で理論を裏付ける証拠を探すしかありません。現在、多くの物理学者が認めるようなマルチバースの証拠はありませんし、マルチバース理論でしか本当に説明のつかない理論的な予言も提示されていません。つまり、今マルチバース理論の研究者がすべきことは、理論をきちんと検証、または反証できる可能性のある具体的な予言を、その理論から提示することなのです。


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Masahiro Hotta
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