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量子力学では、時間の確率分布は予言できないのか?
サイエンスライターのアニル・アナンサスワーミーさんが書かれた、サイエンティフィクアメリカン誌の「Can We Gauge Quantum Time of Flight?(我々は量子飛行時間を測定できるのか?)」という記事が目につきました。テーマは「ボーム力学」です。これは、前世紀の量子力学構築過程での混乱の中で、「観測問題」の文脈から提案された理論の1つです。
ボーム力学という理論では、シュレーディンガー方程式に従う波動関数は実在的な波であり、それは決定論に従って運動をしているということを前提にして、二重スリット実験などを説明します。しかし、量子もつれを説明するには、宇宙の端と端が一瞬で影響をしあうような、超光速の振る舞いが要求される理論です。そして、相対論的な因果律を破らないようにこれを改善するには、不自然な仮定を積み重ねる必要があるタイプの「非量子力学理論」なのです。
通常の量子力学では、量子的な粒子が、ある地点から他の地点に飛行するのにかかる時間を扱えないと、この記事に書かれてました。そして、ボーム力学では、この量子飛行時間を計算することができるとして、ボーム力学の有用性を強調した内容でした。
しかし、この記事の主張には間違いがあります。普通の量子力学でも、きちんと粒子の飛行時間の計算は可能なのです。たとえば、量子力学における時間の計測については、拙書『量子情報と時空の物理【第2版】』(サイエンス社)の第5章に書いてあります。
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そこで、今回は量子力学のおける時刻や時間の測定について書いてみます。まず最初に古典論を考えてみましょう。たとえば細い管の中を移動する古典粒子の飛行時間計測は、理解しやすいです。図1のように初期位置における粒子の出発時刻を時計を使って記録をし、図2のように目的地の到着時刻も別な時計を使って記録をするだけです。
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その2つの時刻の差が、その粒子の「飛行時間」です。出発でも到着でも、時計と粒子をどのように相互作用をさせて、その時刻の記録をとるかがポイントになります。
次に、量子力学での飛行時間計測の実験にも使える、時刻計測の設定を議論してみましょう。たとえば図3のように、粒子の到着地点に、横から次から次へと移動してくる時計のグループを考えます。
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各時計は一列に一定速度で図の手前から奥へと運動をしています。「図の青い矢印線が管と交差する点から右側領域に粒子があるかないか」を、交差時にその時計の機械は確認できるようにします。そして、粒子を見つけたならば、時計が管を横に過ったその時刻を、その時計は表示するようにします。この装置を古典粒子に使うと、図4のように、到着時刻の測定が可能になります。
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「粒子が青い矢印線より右側領域に居る」を観測をした時刻の記録の中で、もっと早い時刻が、その粒子の到着時刻になります。
この装置は量子的な粒子にも使えることがポイントです。図5のように、広がった波動関数で記述される粒子が左から進行してくる場合でも、この測定装置に通せば、到着時刻のデータは得られるのです。
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1回の試行ごとに、粒子の到着時刻は量子的に揺らぎますが、そのデータを集約すれば、量子的な到着時刻の確率分布を計測することが可能になります。同様のことを出発時刻でも行えば、時刻の差のデータから飛行時間の確率分布も計測できます。そして、この測定の設定は、標準的な量子力学の枠組みの中に無理になく取り込めるため、量子飛行時間の確率分布も計算できるのです。ですから、記事にあった「通常理論では飛行時間を計算できない」ということは、実際にはないのです。
今は管内を移動する量子的な粒子の飛行時間の話をしましたが、時刻や時間の量子的確率分布のこの計算法は、他のケースにも使えます。たとえば1つの放射性原子にガイガーカウンターを向ける場合、その原子がいつガンマ線の光子を出して、そのガイガーカウンターが音を出すかという問題にも適用可能です。また不安定な原子から出る可視光領域の光子を、観測者がいつ見るのかという問題にも使えます。この例は、下記記事の後半でも紹介しました。これらの場合でも、ボーム力学という非標準理論に頼る必要性は全くありません。
上のnote記事では、思考実験として、密閉性の高い部屋に隔離されているアインシュタインと不安定原子と時計を考えています。時間が経つと、原子は光を出すのですが、その時刻をアインシュタインは時計を見て記憶します。原子が光る時刻は、量子的な揺らぎのせいで様々です。そのため部屋の中のアインシュタイン+原子+時計の合成系は、図6のように、光った時刻が異なる、マクロな量子状態の重ね合わせ状態になります。
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部屋の外には観測者のアリスがいます。ほぼ原子が光り終わる時間を待った後に、図7のように、アリスは中にいるアインシュタインに「何時に原子は光りましたか?」と質問をし、アインシュタインはその時刻を答えます。
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この実験を何回も繰り返すことで、図8の「原子が光った時刻の確率分布」を得ることができます。
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そして、この図8の確率分布は、ボーム力学などに頼らずとも、図9のように普通の量子力学の理論の枠組みの中で、原理的には計算可能なのです。
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